過去に読んだ本をもう一度読み返してみることにした
最近すごく時間があるので久しぶりにがっつり読書に時間を割くことが出来ている。
今年のやりたいことのひとつに、年間50冊は読書をするっていうのがある。本ってとても分厚くて読むのにかなり時間のかかるものから、さらっと読み終えることができるものまで、1冊のボリュームがそれぞれちがいすぎるから、目標の冊数を決めるのってどうなのかなって思った時期もあった。
だけど、50冊くらいならそんなに気にすることなく普段の読書のペースでも無理なく達成できそうな冊数かなと思って、ひとつの指標としておいている。この50冊と言うほどほどの目標が、読書熱が冷めてしまったタイミングでとても良い役割を果たしてくれているような気がして、過去の目標を立てた自分を褒めたたえたい気持ち。
読む本を選ぶとき、今までは常に読んだことのない新しい本に手を出していた。世の中には読みたい書籍がたくさんあるのに、自分の人生で読める冊数ってきっと限界があるだろうから。だから、なるべく今まで読んだことのない、触れたことのない本をあえて選んで読むようにしていた。
だけど、ふと気が付いてしまった。読み終えた本、ちゃんと中身まで自分のものにできているのだろうか。わたしはどれだけの本を読んだのかという記録に囚われて、読了したという事実に満足しているだけではないだろうか。
読んだ本を記録しているアプリを見返して「確かにこの本は読んだ気がするんだけど、どんな内容だったっけ…?」って首を傾げてしまうことも少なくない気がした。
だから、最近はあえて過去に読んだ本をもう一度読んでみるということをしている。もう何年も前に読んだ本を再読すると、当時と今とでは捉え方が異なっていて。面白くないと思っていたものが面白いと感じるようになったり、その逆もあったりして、とても面白い。
そんな中でも直近で読み返したのが、この本。
一時期すごく話題になっていた本『フランス人は10着しか服を持たない』。
わたしも5,6年前くらいに読んで、すごく感銘を受けたことを覚えている。これは珍しく買ってすぐに2周した本なのだけれど、またいつか読み返せたらいいなぁって思いながら現在に至ってしまった。これは紙の書籍で持っていたこともあって、4年ほど前に友人に貸して以来返却される兆しがないので(まぁそんなこともあるよね)、今年に入ってから電子書籍で再度購入した。
数年ぶりに再読したのだけれど、やっぱり相変わらずわたしの心に響くエピソードばかりで「なるほどなぁ」と思いながら読み進めていくうちに一瞬で読了してしまった。
初めて読んだときに「わたしのことだ…」となったこのフレーズ。現在のわたしはこんな状況にはもうなっていないのだけれど、それでもやっぱりまだ自分のクローゼットは見直せるよなぁと、改めて片付けしたい気持ちがむくむくと湧きあがってきた。
モノを減らすべき!片付けるべき!それが正義!みたいなことを書いている書籍派たくさんある。だけど、この本はそんな言い回しはしない。わたしには”美しい空間で素敵に暮らす価値”がある。この本を読んでいるとそう思える。なんと心に来る表現なんだろう。
身に着けるお洋服も、選ぶ暮らしも、どこか「いや、わたしなんかがこんなものを選んだら、なんかオシャレすぎるよなぁ」みたいな気持ちが常にどこかにあった。でも、そんなことは気にしなくて良い。自分には選ぶ自由があって、誰に何かを言われても好きなものを貫いていい権利があって、そんな自分を笑うような人なんて、相手にしなくてもいいのだから。
“すべてのできごとは、あなたがどう受け止めるかにかかっている““どうなるかは、あなた次第で決まるのだ“。この本の中で作者が言いたかったのって、この部分じゃないだろうかと、わたしは勝手に思っている。というか、わたしが最も印象に残ったのがこのフレーズだったから。
人生には色んな出来事が起きる。それを楽しもうとするのか、それとも毎日同じことの繰り返してつまらないと思うのか。目の前の出来事の捉え方は、他でもない自分次第。他の人から見たら不運だと思えるようなことだって、自分がそう思っていなければ全く不運なんかではない。自分の人生なんだから、全ては自分次第なんだ。
改めて、再読できてよかった本だった。なんならもう1周してもいいくらい。この本に書いてあること全てを実践するのはきっと困難だけれど、その時の自分の中に良いエッセンスを取り入れることは出来るはず。
これからも定期的に読み返したいなと思える1冊だった。
そんなわけで、今日もおつかれさまでした。
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