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救えなかった初代ナン
近所に、ビリヤニがおいしいインドカレー屋さんがある。ラッキーなことだ。もちろん、大前提としてカレーとナンはうまい。
インドカレーって、道中は「今日、カレーの気分かな。どうかな。」と揺らぎながら店に向かうけれども、食べ始めたら「これだった!今日はハッピーデイだぜ」ってなる食べ物なんです。私の場合、大体いつも。
ちなみにビリヤニは、インド周辺諸国で作られるお米料理で、スパイスと米、野菜、肉、魚などからなります。日本で近いのは、炊き込みご飯。スパイスの効きのよさに、胃がびっくりしてしまうこともありますが、米育ちの人間はおおむね好きになるであろう一皿です。
さて、そんなカレー屋さんに、何度目かの訪問を果たした日の出来事。
私はほうれん草とチキンのカレーを、夫はチキンビリヤニを頼んで、そわそわと料理を待っていました。ナン用の窯を目の前にのぞめるカウンター席は残念ながら埋まっていたので、テーブル席でスパイシーな店内の香りを楽しみつつ。
調理は、いつも同じ店員二人が、ほどよいチームワークをもって行っています。ベテラン風のA氏と、若く、時折出前に出かけるB氏の二人。
飲食店で、料理が出来上がっていく過程をさりげなく観察するのが好きなので、失礼じゃない程度に、厨房の方にちらちらと目をやります。A氏がビリヤニを炒めており、B氏は丸い生地を丁寧かつ大胆に引き伸ばし、ナンの形になったそれを窯に入れています。タイミングからして私のナンでしょう。いいね。わくわくするね。
その後、間髪入れずB氏が「ナンを窯にいれたよ」的なことをA氏に小さな声で共有し、出前用のリュックを背負いました(日本語ではなかったけれども「ナン」だけ聞き取れたのです)。冷たい風が吹いているというのに、彼は半袖のユニフォームの上に何も羽織ることなく、自転車に跨って颯爽と出かけて行きました。
インド、日本より絶対温かいやん。日本の気候に適応しすぎではないか。
残されたA氏は、サラダとラッシーの後に、続いて夫のビリヤニと私のカレーを持ってきてくれます。手際がいいぞ。あとは、私のナンだけ。
ナンが来てしまうとカレーそっちのけでナンを手に取ってしまうので、とりあえずほうれん草チキンカレーをちびちびと掬い、堪能することにします。
あと5分くらいかな。ナン、薄いし、もう来るかな。そわそわ。
しかし、その後10分ほどナンは来ず…。
もしかしてあれは私のナンではなかったのも。いや、あれから一度も窯は開けられていないはず。
もしかして、A氏。B氏による、あの的確な引継ぎもむなしく、ナンのことをすっかり忘れているのでは…。そんな私の予想を裏付けるかのように、ラッシーの仕込みを終えたA氏は、レジ回りの拭き掃除に取り掛かっています。
確認してみるか。ナンが丸焦げになっていくのを見過ごすわけにはいかない。もったいないし、A氏が残念な気持ちになるのもしのびない。
「あの…ナンってそろそろできますか?」と聞いてみる。
A氏は「ちょっと待ってねッ」と軽快に返しつつ、少し意表を衝かれた顔。窯を開けたA氏。ナンを取り出すためのでかつよトングを手に、中から素早く初代ナンを取り出す動作を見せたのち、ささっと新たに丸い生地を取り出し、丁寧かつ大胆に引き伸ばし始めました。
それ、さっき見たやつ~~!二代目~~!!(IKKO風)
何事もなかったかのような顔で生地を伸ばしているA氏の姿には愛嬌すら覚えます。私の声掛けもむなしく、初代ナンが丸焦げになってしまうのを防ぐことはできなかったようですが、静かにナンを待ちます。
5分ほどして、しれっとナンが到着しました。やっぱり5分くらいで焼き上がるよね。ナン、薄いもんね。あと、前回より一回りほど大きいような。少し待たせてしまったことへの、彼なりの志なのかもしれません。ありがたく、大事に残していたカレーとともにいただきます。
それにしても、初代ナンはどうなるんだろう。食べられる部分だけ後でA氏が食べるのかな。帰ってきたB氏が見たら「わい、ちゃんと引継ぎしたやん…」と不満を感じないだろうか。それきっかけで、気まずさが生まれたりしないだろうか。二人だけの店なのに。少しだけ、初代ナンの行く末と、彼らの仲を案じます。
今日に限ってはカウンター席じゃなくてよかった。ナン用の窯が目の前に広がっていては、A氏の動作も筒抜けです。おたがいに気まずさを覚えることになったかもしれません。
何はともあれ、今回もおいしく完食することができました。
また同じようなことがあったら、今度こそ早めに声掛けして初代ナンを救いたいものです。
何回ナンナンナンナン言うねん!(ナンだけに)
もうええわ。