河村彩

東京工業大学リベラルアーツ研究教育院。ロシア文化、近現代美術、表象文化論を専門に研究しています。著書に『ロトチェンコとソヴィエト文化の建設』(水声社、2014)『ロシア構成主義』(共和国、2019)。 あれこれ見たり読んだりしたものについて、展覧会評や書評のような覚書を書きます。

河村彩

東京工業大学リベラルアーツ研究教育院。ロシア文化、近現代美術、表象文化論を専門に研究しています。著書に『ロトチェンコとソヴィエト文化の建設』(水声社、2014)『ロシア構成主義』(共和国、2019)。 あれこれ見たり読んだりしたものについて、展覧会評や書評のような覚書を書きます。

最近の記事

イリヤ・カバコフ、ボリス・グロイス『ダイアローグ』

 ここに訳出したのは、1990年代に美術批評家のボリス・グロイスと芸術家のイリヤ・カバコフによって行われた「ゴミ」をテーマにした「対話」である。カバコフ作品は世界中の現代美術館に収蔵され、ビエンナーレなどのフェスティバルに頻繁に登場する。スケールの大きい「トータル・インスタレーション」で見る者を圧倒するが、それを命名し、作品の意義を評価したのはグロイスだった。  ソ連崩壊後に行われたこの対話では、現代美術におけるコレクションの選別基準、生と芸術の区別、美術館の役割といった問題

    • 上昇する鉄

      「青木野枝 霧と鉄と山と」@府中市美術館     青木野枝の彫刻では、重い鉄は軽やかに宙へと昇り、軽い紙は重たく大地に根ざしている。たとえば、本展覧会で展示されていた二つの《霧と鉄と山》は、鉄が円を描いて連なり、塔を作り上げている。それらの円にはときおりガラスがはめ込まれ、装飾的なリズムを作り出している。丸いガラスは空中に舞い上がるシャボン玉を想起させるかもしれない。鉄の彫刻の中にはビスで固定された枝葉のような部分を持つものもあり、塔の主幹の部分から離れてさらに上昇するかのよ

      • 過去の事象を書くという営み――歴史と哲学を交差させる

        ジョルジュ・アガンベン『事物のしるし 方法について』(岡田温司、岡本源太訳、ちくま学芸文庫、2019年)を読んで   ある対象を考察する際、歴史的なアプローチだけでも哲学的なアプローチだけでもうまくいかないことは、方法論に自覚的な研究者であれば分かっているはずだが、実際にこの二つを研究において両立させるのは難しい。歴史的アプローチばかりだと、ある作家の初期の制作経験がその作家の後の制作にどのように反映されているのか、あるいは先行する作家が彼・彼女にどのように影響を与えている

        • 「ニューヨークが生んだ伝説の写真家 永遠のソール・ライター」展@Bunkamura ザ・ミュージアム

           ソール・ライターは1980年代までファッション・フォトグラファーとして活躍した。2006年にシュタイデル社から写真集『Early Color』が出版されると、カラー写真のパイオニアとして注目をあつめた。すでに2017年に同美術館で回顧展が開催されているが、今回はアーカイヴから発掘されたポートフォリオやカラースライド、プライヴェートなスナップを加えて、ライターの仕事が多角的に紹介されている。    ライターのカラー写真の要点は、彼の写真では見たいものが何も見えないということに

        • イリヤ・カバコフ、ボリス・グロイス『ダイアローグ』

        • 上昇する鉄

        • 過去の事象を書くという営み――歴史と哲学を交差させる

        • 「ニューヨークが生んだ伝説の写真家 永遠のソール・ライター」展@Bunkamura ザ・ミュージアム

          香川檀『ハンナ・ヘーヒ 透視のイメージ遊戯』、水声社、2019年

           コラージュあるいはフォト・モンタージュが20世紀芸術におけるもっとも有力な手法のひとつとなったのは、事象の断片化、既知のイメージの剽窃と異化、異質なものどうしの意表をつく結合や対比といった特徴が、複製技術時代の人間の知覚のあり方と一致したからである。  本書は、過激な振る舞いで人目を引こうとするダダイストの中にあって一貫した造形志向を持ち続け、最後までそのようなフォト・モンタージュの可能性を探求したアーティストとして、ハンナ・ヘーヒの創作を描き出す。  本書で取り上げられ

          香川檀『ハンナ・ヘーヒ 透視のイメージ遊戯』、水声社、2019年

          『坂田一男 捲土重来』@東京ステーションギャラリー

           1920年代にフランスに留学し、フェルナン・レジェに直接学んだ坂田一男は、おそらく当時の日本では、キュビズムとそこから派生する造形の問題を最も深く考察した画家だろう。1933年に帰国した坂田は故郷の岡山にアトリエを構え、東京や関西の都会の芸術運動とは距離を取りながら造形の探求にのめり込む。  フランス時代には人物をモチーフにしたキュビズム風の作品を多く手がけている。ピカソやブラックらキュビズムの人物像では、人体のパーツが切子面に分割されて部位ひとつひとつに焦点があてられる

          『坂田一男 捲土重来』@東京ステーションギャラリー

          藤原辰史『分解の哲学――腐敗と発酵をめぐる思考』

          青土社、2019年    現代社会では、人は何か有益なものを生み出し、成果をあげ、生産することに駆り立てられている。そしてそのような生産によって得た報酬をもとに、義務ででもあるかのように次から次へと消費することをやめられない。本書は、このような生産と消費の無限サイクルに、「分解」という概念によって遊びの余地を与えようとする思索の試みである。  落ち葉や糞尿、生物の死骸はやがて腐敗し、細菌によって分解され、栄養素として新たな価値を得る。このように廃棄物から新たな生や生産の糧を

          藤原辰史『分解の哲学――腐敗と発酵をめぐる思考』

          山沢栄子「私の現代」展@東京都写真美術館

          山沢栄子は1920年代に油彩を学ぶために渡米し、アルフレッド・スティーグリッツの弟子だったカメラマンの助手となって撮影を学んだ。こんなにも早い時期にアメリカで写真を学んだ日本人であり、しかも女性という非常に稀有な存在である。 本展覧会で圧巻なのは、抽象的なカラー写真《What I am doing?》のシリーズである。ある作品では光の角度と陰影が丹念に計算され、素材の質感が生々しく立ち上がり、またある作品ではカラフルな対象が極めて平面的に撮影されてあたかもポップアートの絵画

          山沢栄子「私の現代」展@東京都写真美術館

          岡崎乾二郎 「視覚のカイソウ」展@豊田市美術館

          https://www.museum.toyota.aichi.jp/exhibition/okazaki/ アクリル、グラフィック、オブジェ、セラミック、テキスタイルとメディウムを様々に替えながら造形の根源を問い続けてきた作家の、これまでの制作を一望できる貴重で刺激的な展覧会。展示会場に佇んでいると、作品を見る喜びと緊張感を強烈に感じる。 アクリルによる絵画では、絵の具が色彩の塊をなして、画面から垂れ落ち、表面から飛び出さんばかりなのに、しっかりとキャンバスへとつなぎ留

          岡崎乾二郎 「視覚のカイソウ」展@豊田市美術館