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メートル法によらない美味しさ@パリ・エッフェル塔そばのビストロ「Café Lignac」 フランスの週間フードニュース 2020.02.11

今週のひとこと

解剖学者、脳学者の養老孟司先生が、人間の歴史はメートル法が制定されてから大きく変わったというようなことをおっしゃっていたのをたまたま耳にしたことがあって、この言葉がずっと頭の中を捉えていました。メートル法を提案したのは18世紀末のフランス。まさに革命の頃と時期を共にしています。世界で共通に使える言語とでもいうべき、統一された単位制度の確立は、画期的なことでした。
グローバルに商取引がされる中、単位の不統一が障害となって、さまざまな問題を引き起こしていたことは、容易に想像できます。昨年、フランスの富豪フランソワ・ピノー氏が所蔵する現代美術コレクションを展示する美術館がオープンしましたが、それはもともと18世紀中頃に建設されたドーム状の商品取引所で、世界中から集められた穀物を取引していた。安藤忠雄氏によって美術館に生まれ変わりましたが、「公正」であることをテーマに建設された、その当時の目的は、今でも建築物に残る所々から感じ取ることができます。「公正」であることをテーマ、とされたわけですから、いかに不公正であったかも推測することができます。そうした経験値を経て、公正さをこちらもテーマに、メートル法開設、という単位の統一が行われたのでしょう。
メートル法というものはどこから生まれたかというと、地球規模での考えです。1メートルを、地球の北極点から赤道までの子午線弧の長さを基準にして1000万分の1にし、定義したのでした。質量単位もメートル法によって決定づけられました。つまり、メートル法が開設されて以来、人単位(フィートやプース、あるいは日本なら尺や寸など)だったのが、地球規模になったわけです。Sénat(元老院)の向かい側Vaugirard通り36番地の建物の大理石上に、当時のパリジャンに知ってもらうため、標準メートルの物差しが刻まれているので、興味のある方は是非訪れてみてください。

基準が地球規模になってから、慮りが人から離れてしまった、というのが養老孟司先生のお話の主旨でしたが、美味しさへの評価についても、疑問を感じてしまうのは、このためだったかもしれないと感じました。グローバリゼーションは当たり前の世の中ですが、基準が人の手から離れてしまっている。基準は、地球規模で定められており、実感、体感が忘れられてしまうことも往々にあるかもしれない。そもそも、頭の良さというのも、IQだけで測られるものでもありません。カメラアイという特殊能力も、もともと動物が自身の命を守るための能力でもあったはず。

パリ7区、エッフェル塔側に長らく君臨していた「Café Constant」が、オーナーだった伝説的なシェフ、クリスチャン・コンスタン氏から、シリル・リニャック氏にバトンタッチされました。フランスのガストロノミー界の底力となっているシェフたちを何十人となく育てた、ホテル・ル・クリヨンの元料理長だったコンスタン。「Café Constant」もあるサン・ドミニック通りにガストロノミーからカウンタータイプの店まで何軒も構えて、弟子たちに1軒ずつ受け渡していきましたが、70歳も超えられて引退するまで死守してきた最後の1軒「Café Constant」も手放すことに。昨秋からリニャックの店となりました。
リニャックは直接コンスタンに師事したことはありませんでしたが、同じ南西オクシタニー地域圏出身で、心が通じ合ったのかと思います。またコンスタンの弟子たちもリニャックと懇意であるということもあるでしょう。リニャックは、職種の関係ない「フランスで愛される人物」リストで12位につけているそうで、料理人としてはトップです。ロックダウン中もインスタグラムの動画で、誰でも家で実現できるシンプルで美味しいレシピをアップし続け、本にもなりました。
誰とでも分け隔てなくコミュニケーションできる生まれ持った温かな性格で、誰からも愛される。もしかしたら、ほんの少し選り好みをするコンスタンさん以上に。そんな彼が、頑なにミシュラン・ガイドの掲載を2019年に拒否したのは驚きでした。「格付けに対する居心地の悪さ、もっと自由に料理をしたい」と言って、1つ星を獲得していた店を閉店。そして、カジュアルなイタリアンとしてオープンしたばかりです。
「Café Lignac」として生まれ変わった「Café Constant」には、コンスタンス氏の時と同様、ビストロの温かな空気が流れていました。思えばリニャック氏の右腕オードも、パティシエのブノワも、10年以上、リニャックを支えています。企業ではなく、血縁を超えたファミリー経営の店だからこそ、数字では表せない、パリジャンや海外の方の胃袋を満たしてくれる愛が詰まっているのかと思いました。
「Café Lignac」ではエスプリはもちろん、コンスタンのレシピも引き継いでいます。南西部のスペシャリテ「カスレ」は、コンスタンのものがパリいちとして知られてきましたが、それをリニャックは丁寧に引き継いでいます。また、クリヨン時代からのコンスタンのスペシャリテとして知られてきた繊細な「オマールのキャベルのファルシ」も、帆立貝のファルシに変えて、受け継いでいる。
観光客が戻ってきたら、以前と同様、オープン前には店の前に行列ができる、そんな店になるに違いないと感じたひとときでした。


「今週のトピックス」は「今週のひとこと」のあとに掲載しています。食関係のプロフェッショナルの方々にヒントになるニュースをピックアップしております。どうぞご笑覧ください。

また、購読されている方に、心から御礼申し上げます。来週、あるいは再来週より、こちらのトピックスはフランスの週間フードニュースとして残し、「今週のひとこと」は独立させて、今まで通り、あるいは取材も含めた、エッセイを執筆していく予定です。皆様のご支援に感謝しております。引き続き、よろしくお願い申し上げます。【A】名シェフ、故ロワゾーの娘が、「ル・ルレ・ベルナール・ロワゾー」の未来のシェフに。【B】「ラ・トゥール・ダルジャン」大改装。2023年2月1日オープン。【C】シャンゼリゼ大通り独占し、「羊の行進」パレード開催。【D】アストランス跡の日本人シェフによるガストロノミーレストラン開店。

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