料理研究家、土井善晴さん@パリ・日本文化会館 フランスの週刊フードニュース 2022.10.17
今週のひとこと
パリのエッフェル塔そばにある日本文化会館で、土井善晴先生による「和食文化を作る日本的概念」という講演会が開催されました。フランス在住の日本文化をお伝えする著名人の方々も多くいらっしゃり、会場は満席御礼。和食のあり方、フランス料理との違い、そして日本人の精神が料理を通して今後の地球にもたらすことができること、などを総合的にお話しくださり、非常に勉強になりました。ここのところ、和食、日本のこころについて、深く考える中で、土井先生より、新しい発見をたくさんいただいたこと、心から御礼を申し上げたいと思います。
たとえば、我々にとっては当たり前のことかもしれませんが、季節の移ろいに応じた素材の愛で方が日本にはある、ということ。寒中の雪の中から筍を掘り出して、春の喜びをみつけるような、あるいは初鰹のような「はしりもの」、たっぷりと水分を含んだ冬の大根の「さかりもの」。去りゆく季節を惜しみながらいただく夏の「なごりもの」の鱧に、秋の「はしりもの」の松茸を合わせる料理。季節を尊び、心とともにいただくという、美しい精神性は、美食の国フランスに長く住んでいるからこそ、唯一無二のものに感じます。
また、彫刻において、日本では木から仏を掘り出すが、フランスの彫刻はブロンズ像でも芯に形を盛り付けていくことを得意とする。塩をして焼いただけの魚、あるいは野菜の吹き寄せなど、自然をそのままに写そうとする和食と、パイ包みなど装飾的な仕事をしたフランス料理。同じ混ぜるでも、形を残しながら「和える」日本と、しっかりと乳化させて「混ぜる」、「変貌させる」フランス。どちらがいいということではなく、深化させることを得意とする日本と、進化を求めるフランスが、深い料理の歴史をもつ2つの国として、今後見据えていくことは何であろうか。
「はしりもの」を説明するための、先生からのお話が感動的でした。それはある年若い男性が、雪の中、寒さに震えながらも、隙間風のある家屋で待つ病弱の母を思いながら筍を掘り出すというもの。いつか来るであろう春、その春をいち早く感じて欲しい。その筍をいただいて、春をみつけるという喜びを感じて欲しいという、「はしりもの」に込められた、その若者の心を映しだしたお話でした。先生がおっしゃる通り「料理を作る人は、自然と人間を繋げる存在であることを忘れてはならない」ということを、洋の東西を問わず、今後の世界に大切な精神であることを気づかせてくださいました。
料理研究家である土井善晴先生は、やはり家庭料理を教える大家でらした土井勝さんの息子さんです。私自身が幼い頃、母が読んで活用していた雑誌「きょうの料理」で土井勝さんの名前を知ったのを今でも覚えています。佇まいの美しい人だったことも思い出しました。
人物伝で土井勝さんの人生を知りました。料理学校を出て、料理研究の道に進んだ土井勝さんは戦時中、海軍で料理を作る部署に志願。戦況が悪化する中、なんと戦艦大和に配属されたそうです。しかし出撃前に別の任地に移動。そのあと大和は撃沈されて、多くの戦友を失ったそうです。そのときに、自分は生き抜いて、多くの人の役に立つ仕事をしようと心に誓ったそうです。「おばあさまからお母さま、お母さまから娘さんに家庭料理というものは受け継がれるものなんです。ですが、それが受け継がれなかった時代もあります。それで私は今、おばあさま、お母さまの役割を果たして、家庭料理を指導続けているわけなのです」とおっしゃる言葉の中には、歴史を超え、人と人を料理を通して結びつけて、伝統を心を引き継いでいってもらいたいという思いが込められていたのだろうと、心に痛く感じます。
先生のお話に戻りますと、印象に残った言葉の一つは、日本人の料理における「ケジメをつける」という独特の心でした。たとえば一匹の魚をさばくのにも、布巾でまな板や庖丁など、素材と触れた道具をふく、その布巾も仕事によって変える。所作一つ一つにケジメをつけるということ。お造りにしても、その仕事から、どれだけケジメをつけた料理であるかということが見えてくる。美しいが美味しいに直結する理由がありました。向き合う素材に対して責任を取れているか、食べていただく方に対しても責任をとってお出しできているか、自分にも嘘を付いていないかという、人としての清らかさからくる美しさなのだと。
水が豊かな日本だったからこその、生まれた独特の文化であり、美と食の追求であったことをもう一度考えさせられています。「美食」と一言で表す昨今ですが、日本では「美」と「食」というものはそれぞれに独立し、自然を介して結びついているものだと思います。
今週のトピックスは今週のひとことの後に掲載しています。食の現場から政治まで、フランスの食に関わる人々の動向から、近未来を眺めることができると、常に感じています。食を通した次の時代を考える方々へ、毎週フランスの食事情に触れることのできるトピックスを選んで掲載しています。どうぞご参考にされてください。【A】EVIANがネラルウォーターをバルクを試験的にサービス。【B】3つ星レストランClos des Sens、若手に譲渡。【C】リヨンの銘菓プラリーヌ、第1回フェスティバル開催。【D】キャヴィアの老舗「プルニエ」の変身。
今週のトピックス
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