発酵デザイナー・小倉ヒラクさん@パリ日本文化会館 フランスの週刊フードニュース2022.06.06
今週のひとこと
今からちょうど3年前、発酵デザイナーという不思議な肩書きを持つ小倉ヒラクさんが、パリ日本文化会館で「発酵文化人類学」というテーマで講演をしました。2017年に上梓された同名の著作を、ちょうどお世話になっている方からいただいたばかりだったので、講演された内容は、ヒラクさんという個性的な人物とともに、有意義に頭の中に入ってきたのを覚えています。日本の神話から農業史、微生物学との関わりや、日本とヨーロッパの発酵文化の歴史をおさらいしながら、これから人類にもたらしてくれるであろう発酵への期待、微生物への期待というか、そんなことをおぼろげに感じました。
デンマーク・コペンハーゲンの世界的な名声を持つレストラン「NOMA」での発酵食品の導入をはじめ、フランス料理の本場においても発酵への希求が高まっているという背景にあり、ヒラクさんの講演は意義深かったと思います。
それからパンデミックを挟んで、ヒラクさんのパリ再訪が3年ぶりにようやく実現。やはり、パリ日本文化会館開催での講演「発酵から再発見する日本の旅」は、残念ながらウィークデー午前中の開催だったので、参加できなかったのですが、同会館開催の限定10名「麹作りワークショップ」に、ご縁あって奇跡的にお邪魔することができました。
ワークショップで習ったのは「固く蒸しあげたジャポニカ米に麹パウダーをかけ寝かせる」だけの、単純に思えるプロセス。しかし、蒸し米の状態、湿度・温度管理などのちょっとした誤差にはじまり、育てる場所と麹菌との相性が起因して、麹菌が育たずに終わってしまうという難しい作業でもある。家庭でも簡単に作れる麹作りがテーマだったとしても。ヒラクさんのアドバイスをメモしたら、A5ノートに細かい文字でびっしり3ページにもわたってしまったという、非常に濃い内容のワークショップでした。
ただし、「コメはジャポニカ米ならなんでも良い」「コメは洗わない、なぜなら糠こそが麹菌の餌になるから」「フランスの水でもオッケー。なぜならミネラルが多い方が麹菌が元気になるから」「麹菌の天敵である納豆菌がフランスには存在しないから、育てるのに最適な環境」など、フランスでの麹作りのモチベーションを上げてくれるような朗報も。2時間半で完了したスターターを自宅に運んで、ただいま麹床を栽培中。綺麗な米の花ができてくれるかしら。
麹ができたら必ず作りたいのは塩麹。これで肉・魚・野菜を漬け込むのはもちろん、ヒラクさんおすすめのアンチョビディップを仕込んでみたいと妄想が膨らんでいます。
それにしても、多くの料理人が発酵に目覚め、発酵ラボを作ってしまうくらいに、料理界を虜にしている「微生物のはたらき」。対して、20年ほど前を振り返れば、一世を風靡していたのは「分子料理学」でした。
「分子料理学」とは、経験値に基づいて行われていた調理法をサイエンスから分析・解析を行って、曖昧でしかない味覚や風味、食感などを数式化することで、新しい創造的なレシピを構築するというアプローチでした。「なぜマヨネーズはシャンティイ(泡立てると角が立つ)になるのか」「スフレが膨らむのはどうして」「青菜を茹でるのに塩をいれるのは」など。
こうした疑問をサイエンスから紐解くことで、調理法の改善だけでなく、化学式の応用で、世界にいままで存在しなかったような、あるいは創造するのさえ難しかった、「青いバラ」のような、既存の概念を超えたサプライズ溢れる料理を生み出した。これは、一つのムーブメントとなって、スペイン「エル・ブジ」のフェラン・アドリアやイギリスのヘストン・ブルメンタールを始め、多くの時代の寵児を生み出したのは、記憶に新しい出来事だったと思います。
例えばフェラン・アドリアは実験心理学分野のスペシャリストとも組んで、「いちごのムースは黒い皿よりも白い皿で出したほうが10%甘く感じられる」など、食器や盛り付け方を科学的に選択することで、料理の風味を向上できるかどうかにも挑んでいました。そして、ニューロガストロノミーという言葉さえ、聞こえることもありました。
対して今。発酵を司る生き物「微生物」に光が当たっています。産業工学的なバイオサイエンス・テクノロジーに重きが置かれないことを祈りつつ。
ヒラクさんがおっしゃっていましたが、麹菌にも個性があって、人間との相性もある。約40パーセントは、人間のいうことを聞かないのだそうです(自家製麹を作るときの文脈にて)。
「いちごのムースは黒い皿よりも白い皿で出したほうが10%甘く感じられる」という化学式に、この世界の営みを当てはめることができないととになるのではないかと思います。
このニホンコウジカビ。日本にしかない特有の繊細なカビで、国菌に認定されていますが、海外でも注目されるようになり、輸出されるという今。
しかしながら、土地を違えば、生き物であるカビだからこそ、性質も違えていくはずで、また別のカビとして成長していくかもしれない。それを産業的な資産として、食産業の世界においても、作為的にいじることを考える人々が生まれるのは避けられない(医学の世界では、すでに我々は恩恵を被っています)でしょうが、操るのではなく、共存することを考えたい。
まずは、我が家で育つ麹をまずは見守りたいと思います。
(すでに出来上がり、半分を塩麹に、半分を甘酒に仕込んでいる最中です)
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