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陰獣
■ 感想
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「陰獣」(原作)江戸川乱歩(脚本)竹内一郎(漫画)吉田光彦
(春陽堂書店)P176
「一寸法師」で自己嫌悪に陥り一年強の断筆をし放浪の旅に出ていた乱歩が、復帰作として横溝正史が編集長を務める「新青年」に寄稿した「陰獣」。
物語は探偵小説家・寒川が自身著作の愛読者であるという実業家の妻・小山田静子と偶然行き逢ひ、相談を持ち掛けられたことに始まる。静子は女学校時代、探偵小説家の大江春泥と恋仲だったが、恋の真似事を楽しむだけですぐに別れを告げた。しかし想いの残る大江は恋心を憎しみに転嫁し、恨みは凝って復讐の念となった。
「復讐者より我生涯より恋を奪いし女へ」と書かれた手紙には、始終静子の身近で行動を見ているとしか考えられない内容が綴られ、主人にも言えず困っていると怯える静子と親身になって相談に乗る寒川はやがて関係を深め恋仲となっっていく。そんななか、脅迫者である大江は一年前から作品を書くことを辞め行方不明となっており、その姿は杳として掴めないままとうとう殺人事件が起きてしまう。
原作とは違うラストが用意されているのもコミカライズされる醍醐味に溢れ、その結末がなんともぞっとするコマとなっていて余韻深く、衝撃と妄想を掻き立てさせる。意図してぼかされている原作の結末を刊行当時批判された為、1935年に柳香書院版「柘榴」ではっきりとした結末に変換した「陰獣」を読んだことがなく気になっていたので、この機会に是非読み比べてみたい。
巻末には乱歩のお孫さんである平井憲太郎さんの寄稿が掲載されており、乱歩の二次創作作品への想いなど乱歩愛が更に膨らんだ。性的倒錯の愛や、人間の愛憎の根底を歪な美しさすら感じさせる筆致で描く傑作。
■ 漂流図書
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■江戸川亂歩 柳香書院版『陰獣』
柳香書院版「柘榴」に収録のはっきりとした結末に変換された「陰獣」。
旧字旧字かなづかいで導入部分も結末も違う版ということなので、当時の雰囲気も存分に楽しみたい。