大杉栄自叙伝
■ 感想
「大杉栄自叙伝」(解説)大杉豊(土曜社)P312
堺利彦、幸徳秋水、山川均、荒畑寒村などと共に時代に抗い闘い続け、赤旗事件や労働運動を経てフランスへと密入国。幾度に渡る投獄の苦難にも更なる想いを燃やしながら、甘粕事件で志半ばにアナキストとしての生涯を閉じた大杉栄。神近市子に刺され重傷を負った日影茶屋事件を始め女性問題を中心に語られることが多く、大杉自身の本当の軸を知りたくてまずは自叙伝を読んでみた。
関連本や伊藤野枝サイドからのアプローチで捉えていたこれまでの大杉の人物像に大きな変化はなかったが、矢張り本人が執筆した人生の様々なエピソードだけにその時々の感情が伝わり、どんな経緯で今日知られる大杉が形成されていったのか、人物の輪郭が少しずつ濃くなっていくようでまた新たに興味が湧いた。
本人が書く自らの想いと云えども人はそうそう内側のことを素直に曝け出せるものでもなく、自分の尺度で勝手に解釈しながら人間関係も築かれたり壊れたりしていくので鵜呑みにはできないが、少なくとも大杉の感情の一端は垣間見ることができた気がした。
それを踏まえた上で大杉の著作や荒畑寒村や幸徳秋水、菅野須賀子らの側面から思想と成し遂げたかったことの根幹について更に読んでいきたい。自由恋愛を標榜した恋愛観の深いところは書かれていなかったが、かなりの負担もかけた神近市子のことをあまりにも邪険に思いすぎていて、大杉・伊藤両名の感謝のなさに胸が痛んだ。
神近、伊藤、大杉それぞれの書き残した文章から想いの真意とこの関係の本質も読んでいきたい。全ては分からないまでも、明治・大正・昭和初期の文豪の場合、私生活も人の迷惑顧みることなくなんでも文章にしてしまう風潮があり文筆業に身を置く人間の業の深さとも思えるが、そのおかげで各々の視点から同じ事柄をメタ的に読むことが出来るのもこの時代の作品に心惹かれて止まない理由のひとつでもある。
この自叙伝は幼少期から幼年学校の学生生活での日々の活写が大半を占めているが、そのエピソードのひとつに乃木希典の子息・乃木勝典と思われる人物との薄い繋がりがあったことにも驚く。
幼い頃軍人を目指した大杉が長じてアナーキーとなり憲兵に扼殺されるとはなんという運命の悪戯だろうか。小さな偶然の重なりが人に大きな影響を及ぼし人生を真反対へと導くその過程をより細かく追っていきたい。幼年時代、文学士の教頭の「武士道を全うするためには死処を選ぶということが武士道の神髄だ」との言葉に感服し、真っ赤な姿で張り付けになっている旗が有名な、戦国時代の鳥居強右衛門に心を動かしたというのも情熱の人・大杉らしい気がした。
神近に刺され、手術台に横たわり深い眠りに落ちていくところでその筆を置くこととなった未完の自叙伝。その後こそ読んでみたかったと、好感は持てずとも人の心を捉えてしまう大杉の引力を強く感じた。読み物ではなく対話するような1冊だった。
■ 漂流図書
日本脱出記|大杉栄
小心者ながら破天荒で人たらしな大杉が、パリで何を感じ、考え、投獄の先に何を思ったのか。
当時のパリと日本の差にどんな感慨を持ったのかもじっくりと読みたい。
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