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不機嫌な姫とブルックナー団

■ 感想

「不機嫌な姫とブルックナー団」高原英里(講談社)P170

19世紀後半の作曲家、ヨーゼフ・アントン・ブルックナー。ショパンやヴァーグナー、ブラームスなど華々しい十九世紀ヨーロッパ音楽界に於いて地味な印象のあるブルックナーの生涯を織り込みながら、ブルックナー団こと熱いヲタク視点でその人柄と音楽性を展開していく。

「イタい人」と評されることの多いブルックナーその人を反映するように音楽性も野暮ったいところがあり、女性ファンが少ないとされる演奏会で、ゆたきに「女性ファンからブルックナーの感想をお聞きしたいんです」と声をかけてきた、ブルックナー団のタケ。熱心なヲタク3人で構成されているブルックナー団とこうして交流のきっかけを持ったゆたきは、最初の印象こそあまり芳しくないものの、タケが執筆している「ブルックナー伝(未完)」を読むにつれ様々に心が粟立ち、自らの想いの中心と思わず向き合うようになっていく。

クラシックに詳しくなくとも、魅力的な登場人物たちや誰しもが聞き覚えのある有名音楽家周辺の興味深い話で一気に惹き込み、そこに響き渡る音楽への興味や、音楽史の面白さを知る入口としても最高の導きの書と成り得る見事な構成となっている。

ブルックナーの女性人気がないことの一因となる「恋」に対する奇行も読みごたえ抜群。二十歳以下の美少女を愛し、アプローチもなしに突然にプロポーズをし、勿論断られる失恋の経緯を「嫁帖」に書き記す。恋に対しての一途さはなく、同時進行で気に入った女性の身辺調査(財産を含めた)を行い、時折「嫁帖」を読み返しては、ノートの中に封印した美少女たちのイメージに「俺の嫁たち!」と悦に入り、作曲への霊感を享受する。ブルックナー、恐ろしい子。怖いといえば、プロポーズの手紙も圧、圧、圧で非常に恐ろしい。

「求婚を受け入れてくださいますか。それとも永遠に拒絶なさいますか。」突然畳みかけるように繰り出されるプロポーズは恐怖でしかなく、手紙でありながらこの圧倒的な圧。一日に何度も手紙を書き送り、返信が少しでも遅れようなら「キミハビョウキナノカ」と電報を打つカフカ以来の衝撃と圧に慄いた。

ブルックナーのどうかしてる感はなかなかのもので、逸話たちも残念感満載。しかしなぜかぐいぐいと惹き込まれていくのはブルックナー本人が大真面目ゆえの、ほっとけない系な魅力なのか、高原英里の魅力的すぎる筆致故か。

そして本編は不思議な魅力に導かれ、不器用でも一途に音楽へと向き合ったブルックナーの人生を作中作「ブルックナー伝」を通して知り、素晴らしい演奏の余韻で心が放心するような、万感胸に迫る終章へと結ばれていく。ヴァーグナーとブルックナーの永遠の敵と言われる、音楽批評家エドゥアルド・ハンスリックの存在も、人を多角的に捉える面白さや、文学と書評家との間に時折起きる問題とも重なり、人間関係に於いての悲喜劇のドラマチックさに心震えた。

ブルックナーをより深く知れるであろう新刊発売に心高鳴る。

■ 漂流図書

■ブルックナー譚|高原英里
■山梔|野溝七生子

主人公ゆたきちゃんの愛読書に最近覆刻された「山梔」が入っていてうれしい。

そして新刊でより深いブルックナーに出会えそうで胸が高鳴る。

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