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意外と「トンデモ系」かもしれない事典 ―バーバラ・ウォーカー『神話・伝承事典』―

 私は90年代、新紀元社の神話本を好んで読んでいた。言うまでもなく、当時のファンタジーブーム並びにRPGブームに乗じたものである。私はそれ以前から、ギリシャ神話などに興味があったが、90年代型ファンタジーによって、さらに興味を深めた。そして、新紀元社だけでなく、青土社などの神話本を買って読むようになった。

 今回の記事で取り上げるバーバラ・ウォーカー『神話・伝承事典』(大修館書店)は、フェミニズムの観点から世界各地の神話を論じた大著である。しかし、改めて再読してみると、結構眉唾ものである。例えば「天照大神」の項目を見ると、「彼女の名は『母なる創造の霊』を意味する」と書いてあるが、もちろんこれは日本語使用者の目から見れば明らかに大間違いである(文字通りには「天を照らす大いなる神」だし)。確かに「Amaterasu」という名前にはラテン語で母親を意味する「mater」が含まれているけど、日本語はインド・ヨーロッパ語族じゃないぞ!
 他にも色々とうさんくさい記述はある。中国の女神だという「シン・ムー(Shin-Mu)」とやらは、私が今まで読んだ中国神話や道教関係の本には載っていなかった名前である。「禹帝」すなわち夏の禹王の項目に至っては、一般的には女媧の仕事である「土から最初の人間を作り出したと言われた」としている(しかも、肝心の女媧の項目では、女媧の人類創造について触れていない)。
 ここまでボロが出るなら、アジア圏以外の項目の記述も鵜呑みに出来ない。この大著である事典はフェミニズム視点に基づいて書かれた書物ゆえ、女性嫌悪を教義の中核にしているキリスト教などの一神教に対する批判は容赦ない。どちらも、その「ジェンダーバイアス」に基づいて、色々と捻じ曲げられているのかもしれないのだ。この事典はキリスト教などの家父長制社会に基づくジェンダーバイアスに対するアンチテーゼとして出されたものだが、それにしても「トンデモ本」要素が強過ぎる。なるほど、この事典が廃版になったのはおそらくはトンデモ系要素があるからだろう。

 ここで非難されている(昔の)キリスト教徒(特に男性)は、まるで現代の「ネトウヨ」の原点のようなものである。そんなキリスト教などの一神教に基づく女性蔑視に対する批判としての価値はあるが、しかし、それでもこの本は正確さが疑わしい。あくまでも「読み物」として楽しむのが良いだろう。

【Bananarama - Venus 】
 女神の代名詞といえば「ヴィーナス」なのでね。


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