読書感想文〜舟を編む(三浦しをん)〜
この一文で、胸がいっぱいになった。
こんなことを書くと、馬締さんに「胸がいっぱいとは?どういった状態なのでしょう?お聞かせください。」と詰められそうだけど、胸がいっぱいで、涙が溢れて仕方がなかった。
今回は、三浦しをんの「舟を編む」。
辞書の世界は奥が深い。いや、辞書というか、言葉だ。改めて、言葉の力を認識させられた。
物語の中で、「恋愛」という言葉を自分たちが作っている辞書、「大渡海」にどのように載せるか、話し合う場面がある。「新明解国語辞典」には、“れんあい【恋愛】特定の異性に特別な感情を抱き・・・”とある。主人公の馬締は、“特定の異性に”の部分に違和感を覚え、「異性に限定して良いのか」と同僚(西岡)に投げかけ、「そっちの人?」と疑われている。そんな西岡も、「辞書は誰かを勇気づけるもの出なければならない」という、言葉への熱い想いをもっている。
主人公、馬締光也はその真摯な姿勢で、周りを、そして自分をも変えていった。辞書編纂という、難しい世界をどこまでも軽やかなタッチで書き表す、三浦しをんという作家は、すごい。一気に読み進めてしまった。
冒頭に書いた、「まにあわなかったよ」という言葉は、何十年も辞書作りに人生をかけた国語学者の松本先生が亡くなったときの馬締の言葉。妻の香具矢さんは、その言葉を静かに聞いていた。「まにあわなかった」の一言には、馬締の、松本先生への想い、一緒に過ごした時間、無念さ、敬意など、一言とは思えない気持ちが表されている。馬締が、付き合う前の香具矢さんに言った、「好きです」という言葉も、本当に四文字なのかと思えるほどの想いが込められている。
今、僕は小学校の教員として、言葉を用いて、子供たちと向き合っている。子供の言葉への感覚は本当に面白い。先日、「怒る」と「叱る」の違いを子供たちが話し合っていた。
「怒るは、自分が怒っている。自己満だよ」
「叱るは、相手を思っている。優しい感じ」
「俺は、叱るの方がいいなあ。先生〜、叱ってください!」
一緒に過ごしていて、本当に楽しい。そして、ときたま見せる、感覚の鋭さに驚かされる。(大体が一緒にくだらない話をしているけど)小学校現場は、本当に刺激的だ。
物語の終盤、馬締が「言葉は無力だ。でも、言葉があるからこそ、1番大切なものが心の中に残る」と言っていた。まさにそうだなあ、と思った。考えたことを言語化するからこそ、その人の人柄が出てくるし、人との繋がりが生まれる。
言葉によって、「たくさんの繋がりができてきた」と考えると、より一層、言葉を大切にしようと思える。
三浦しをんの“言葉”で、言葉の奥深さ、周りの人との繋がりを再確認できた。感謝です。三浦しをんとの繋がりもできたので(一歩通行で、そう思っているのは僕だけなんですけど)、また違う作品を読んでみようと思う。