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映画『対峙』批評 元首相暗殺が起き、迷惑行為が横行するこの国で、敢えて胃の痛くなるこの映画を選択する意義

ここ最近になって、また若年層による迷惑行為の動画が増えてきて、えらい騒ぎになっている。いっときバイトテロとか、おでんツンツン男の奇行を収めた動画がで回ったりして、それも落ち着いたと思った矢先の再ブーム到来である。いや、きてほしくなかったけれども。やる事のエグさときたらチンケなもので、バイトの暴走どころか人様の寿司に手をつけたりペロペロしたり、挙げ句の果てに無料のトッピングに箸を突っ込んでかっくらったりとやりたい放題。お陰で回転寿司とか牛丼食べにくくなったろうがどうしてくれる。

これは私の印象的に過ぎないが、何となく安倍元総理大臣暗殺以降に増加した傾向があるように思える。近年まれに見る暴力が白昼行使され、それをこの国の人々はメディアやSNSを通じて目にした。迷惑動画は過去の炎上案件が再発掘されるケースもあったりと一概には言えないが、無関係ではないような気もする。あの凶行が、この国の若い人々の心のリミッターを外してしまったような印象を受けるのだ。

まぁ、飲食店での迷惑行為は、被害を受けた企業の株が下がったり、せいぜい犯人の人生が終わるていどで済むが、世の中取り返しもつかないこともある。それこそ先に書いた本当のテロのように。映画対峙は、そんな取り返しのつかない犯罪をしでかした加害者とその被害者、双方の家族が同じテーブルに座り、何かしらを語り合う内容となる。

語る、といっても喫茶店でコーヒーやケーキ片手に呑気に茶飲み話をする訳ではない。ここで描かれるのは下手を打ったら殺し合いに発展しかねない危うさを孕んだ、真剣な会合や交渉のテーブルの場、とも言えるものだからだ。ある時は親としての責任を残酷なまでに追求する言動であり、それを受けて自分たちはどこで間違え、何故犯罪者を育ててしまったのかという何の生産性もない振り返りを強要され、あげくに後悔の思いを涙と共に吐露する。見ていてこれほど胃が痛くなる映画もあるのだな、と感心する。聞けば監督、脚本のフラン・クランツは、俳優としてのキャリアは元々あるものの、これが監督デビュー作だという(ちなみにクランツ監督はキャビンというホラー映画で、最後まで頑張ったあのオタク青年の役を演じている)。相手を責め立てる言葉の鋭利さに舌を巻く反面、なんかパワハラ上司とかの才能があるんじゃないかと心配になる。

主要登場人物はたった4人、カメラは教会の一室からほとんど動かない。故に映画というより演劇向きの企画のような気もするが、それでも対峙は映画以外の選択肢がないと私が思えるほどに、映画としての完成度が高い。例えば、教会に貼られたステンドグラスや、鉄条網に巻かれて風にたなびくリボンといった変哲もないモチーフが、後々になって事件の残虐な様相や、残された家族の荒みきった心情を連想される道具であることに気がつくだろう。敢えて直接的な表現を避けているが故に一層で残酷で、そして優れた演出と言えるだろう。

当事者が皆無の中、一体誰が悪かったのだろうという犯人探しや原因追求はどんどん迷路に迷い込む。見ているこちらも自分の胃の心配をしつつ、この映画の落とし所はどこにあるのだろうと訝しむことになる。これほど良い映画だというのに、私は会場を後にしたかった。こういう気持ちになったのも、私からすると極めて珍しい体験と言える。

表現しようのない憎しみの蟠りを、どう乗り越えていくのか、というケアのあり方の一つを本作は提示する。このやり方に納得できない人も多くいるだろうと思う。特にこの国では、加害者やその家族に対する報復感情一色に議論が染まりがちだからだ。

しかしだ。本作の登場人物の言葉を借りるならば、そうした感情は絶対に本人のためにならない。いつかその人の心身を持ち崩して、人生を奪ってしまうからだ。憎しみの感情は、いつか解放される必要があると言えるだろう。そして、それを行えるのは第三者でもなければ神でもない。本人その人なのだ。この映画は具体的に、それを「赦し」という行為に求める。愛する人を奪われた者だけが与えることが出来る赦しのプロセスを、ロジカルに追って物語に落とし込んでいる。

まぁ、そこがロジカルすぎるという欠点が、本作にはあるだろう。たかだか2時間の尺の映画なので仕方ないと言えばそれまでではあるのだが……たとえば加害者がおかれた状況がそうで、一概に加害者だけが悪いと言い切れないという設定がされている。故にそれが赦しの切っ掛けにも繋がっていくことになるのだが、果たして現実の事件や犯行はどうだろうか。そう映画のように物語として赦しのプロセスが整備されている訳ではない。この映画は映画なりに、その赦しへの道のりは険しく茨の道であることを描いてはいるが、現実はその何倍も苦しいものだろう。そのことを私達は心がけておかなければならないと思ったりする。勿論、その切っ掛けを与えてくれるという意義だけでも、本作は大したものだとは思うけど。

上記のような欠点があるが、それでも十分見る意義のある一本だと思う。あなたに家族とか恋人がいて、それか職場に部下とかあなたが面倒を見ている人間がいるならなおさらだ。ネットの炎上事件を見て他人事ではなく、我がごとのように感じられるならこの映画の鑑賞は案外大した財産になるかもしれない。

……しかし、自分の感想を読み返してみて呆れるが「見てて胃が痛くなる」だの書いてあって、暗くてつまらなそうな映画のようだ。確かに明るい映画ではないが、優れていてかつ誠実な映画ではあることは間違いないので、そこは保証しておく。

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