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生活の短編

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#詩

ひかり

ひかり

 真っ暗な中、ひたすらに壁を見つめていると、木目がこちらを睨みつけていることに気がついた。なにか大袈裟にものを喋ろうとしている時の目だ。

 トイレにいく。小さな小窓から光が反射する、壁のタイルを見つめていると、今度はタイルの模様がこちらを睨みつけている。これは何かを疑う時の眼だ。

 ゆっくりと目を閉じる。壁もタイルも。ゆっくりと閉じる。3人で眠ろうかと大きく息を吸い込むと、そこには私がいて、私

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て

 私に向かってくるたくさんの手のひら。
 その手が私のカラダに触れる時、私を掴んで引っ張るのか。はたまた押すのだろうか。
 掴むのなら離さないように
 押すのなら思い切りに
 
 もしかしたら触ることなどないのかもしれない
 私の目の前で手のひらを左右に振り続けるだけなのかもしれない。
 はたまた、こちらへ来いと手で招くのかもしれない。

 どちらにしろ、触れられないことは悲しいものだ。

「生きる」夏から抜け出して

「生きる」夏から抜け出して

 薄暗い地下の黒くて重い扉を開くと、真っ白な煙がモヤモヤと広がっていた。数名の影の間を縫うように、すり抜け、階段を登った先の光を目指した。
 人、車、窓、私の影。
 そこには何一つ特別な光景は広がっていない。だけど、下から見上げた時の光は、特別な何かが広がっているという予感を震わせた。

 歩いてすぐの国道。横断歩道を大股で歩く。黒のアスファルトの白く塗られた道はなんだか特別に見えて、胸を高鳴らせ

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コール・マイネーム

コール・マイネーム

左右
燃える炎の動きに合わせて
カラダも熱の中にいて
ナマエを探す
躍起になって

薄暗い緑色の床
仕切られたカーテンの向こうに
なにも期待していないのだけど
ただ
なまえが呼ばれるのをまってる

名前
なまえ
わたしのなまえ
ある筈の名前

ない
そう知った時
私は何食わぬ顔で
そうですかという

ある
と言われても
わたしは何食わぬ顔で
ウナズク

高鳴る鼓動と
スキップのリズムと

名前を呼

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瞬間

瞬間

風にとんだ君の帽子が
春をつかまえた

性懲りもなく叫ぶ子供の声が
夏を止めた

赤子の産声と共に
秋がやってきて

白い雲の流れが
冬を告げた

わたしは、こころから生きたいと願っていた。

瞬間

みつけてあげるね

みつけてあげるね

畳の縁が月の光に照らされて
カーテンの隙間に気がついた

その縁をひょいと飛び越へて
月の冷たさに足の裏からタッチした

煙が月に吸い込まれる
指先がだんだんと熱くなる
ひとつ嗚咽をして
涙を溢した

切れたギターの弦がそのままに
ぱらぱらと纏まりなく響いた

ベランダにいると
微かに聴こえる唄声に

私は小さく声を出した

「いつかみつけてあげるね」

あの子のことを、ついおもってしまう。

あの子のことを、ついおもってしまう。

 日が昇る。
 空が光に洗われて、街の形が縁取られていく。眩い光が体を照らす時に、みんな綺麗な体を隠すための同じ真っ黒のドレスを着て、私とは逆の方向に進んでいく。
 私は真っ黒に汚れた姿を隠すように、艶やかなドレスを身に纏う。光は優しく私を包んではくれないけれど、私はこの街が、この夜がスキだった。

 錆びついたポストがキリリと音を立てて開く。中にはこの間見た顔が入っていた。表情はこの間とは違うみ

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さよなら歌姫

さよなら歌姫

 町内放送の声で目が覚めた。
 以前よりも田舎の町に引っ越してきた。公民館のすぐ目の前。
 ここの町内放送はいつも五分前になった。朝は6時25分。お昼は11時55分。
 スピーカーから出たくぐもった声が空を覆い尽くしてそれに呼応するように一斉に蝉の歌声が響いた。
 まだ重たい瞼をゆっくりと持ち上げるように顔を擦った。
 同居人はすでに起きて朝ご飯の準備を進めている。どうやら卵が無いようで、私は頼ま

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