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本当の美味しさ

 私たちが「ご飯・味噌汁」の授業をとても大切だと考える一番の気持ちは、「本当の美味しさ」を伝えたいから。そしてそれはどこからか特別な誰かが運んで来てくれるのではなく、自分の手と頭を動かして、友達と協力し合いながら作ることが出来ることを伝えたいからなのです。

 子ども達の食の現状が乱れているのは知っています。ジャンクフード、ファーストフードを小さい頃から簡単に口にできる環境が周りにあるので、お手軽に気軽にコンビニとお友達になっています。

 調理実習で塩や胡椒を使う場面で、最後に試食でみんなで食べるときに、その様子がよくわかります。ちゃんと作る途中で塩も胡椒も少しかけて味は整っているはずなのに、野菜のおいしさが自然に感じられない舌になってしまっているのか、塩、胡椒を山ほどかけます。最初ははちゃけてしまって遊び感覚でしているのかな?と思っていましたが、そうではなくて、味を感じられなくなっているから、もっと刺激的な物をかけないと食べられなくなっていました。

 そんな子に聞くと、だいたい食生活が乱れていて、お菓子をたくさん食べていました。お湯だけかけたら食べ物になるものや、電子レンジでチンして食べることがほとんどのような食生活でした。

 だからといって、それは責められません。子ども達がしているのではなくて、それは家庭の環境から生まれていることがほとんどだからです。ご家庭でもわかっていらっしゃるところも多いのです。手作りが身体に良いとわかってはいるけれど、今は共働きでとても忙しいし疲れているから、料理にまで手が回らないということもあると思うのです。私も経験してきたのでよくわかります。お手頃な惣菜物を買ってきたり、お弁当で済ませたり、それもありだと思うのです。だって、忙しい母親が感情的になりながら作った食べ物は毒以外の何物でも無いですものね。

 私の母が喜怒哀楽の激しい人で、感情的になった時に作ってくれた食事はそれはそれは辛かったのを子ども心に覚えています。
「なんでこんなに美味しく無いんだろう?」
「いつもとなんでこんなに違うんだろう?」
子どもだったので、感情的毒素が入るなんて知らなかったですが、心のこもっていない食事ほどまずいものはないという経験はしっかりとさせてもらいました。ですから、作り手が忙し過ぎて感情的になりそうだったら、お手軽に簡単にできるものを食べることのほうが断然良いと感じています。

 そんな食生活をしている子ども達の現状をいつも感じながら、「私にできることはなんだろう?」と考えてきました。その時はたまたま小学校担任をしていましたが、そこから「家庭科を教えないか」という流れになり、ここ10年ほどは家庭科に勤しませていただくことになりました。料理研究家の友人にも恵まれ、いつもゲストティーチャーとしてお招きして、名コンビで「ご飯・味噌汁」の授業を続けさせてもらっている次第です。

 本当だったら、ご飯だけの授業を2時限、味噌汁だけの授業を2時限して、計4時限で完了させるものですが、本来の日本食の基本形を体感して食事をしてほしい願いもあり、ご飯と味噌汁をセットにして2時限で仕上げます。小学校の授業の1時限は45分なので正味90分間です。かなり至難の技なのですが、お陰様で、本当に充実した時を過ごさせてもらっています。

 子ども達はよく動き、安全に配慮しながら上手に包丁を使い、時間管理もして、友達同士手際よく助け合いながら、ゴール(試食)に向かいます。どんなふうに動くとフィニッシュに向けて一番良いのかをみんなが考えながら、そして楽しみながら嬉しそうに作っています。大変だけれど、作る喜び、協力する喜び、達成する喜びを十二分に味わっているのが伝わってきます。

 そしていよいよ試食の時間。野菜の煮方のタイミングや味噌の入れ方、火加減のタイミングはこちらが全部チェック済みなので、ほとんどのグループである程度以上の出来上がりに到達することができます。中にはご飯の火加減がうまくコントロールできず焦げてしまうこともありますが、それはそれでおこげとして美味しくいただくことになります。

 子ども達は本当に満足げに「ご飯と味噌汁」をいただきます。そして、途中に出汁を取った後の煮干しで簡単に佃煮を作ったものをご飯のお供に各グループに配ります。
「これはご飯何杯でも食べられる」
と嬉しそうにご飯鍋を空にしてくれます。

 私たちは子ども達の笑顔に満たされ、本当に美味しい日本食の原点を伝えられた喜びを味わって感謝の時を過ごします。

《れい》

美味しいよ
 自分で作れる
  喜びに
日本の味が
 身体に染みる

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