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大学の卒業旅行として、東海地方のとある島を訪れた。旅のプランや予約など、すべてを友人に任せっきりにしてただ後ろからついていくだけだったのでなにも言えないのだけれど、なぜそんな小さな島へ行くのかと疑問におもい、事前にネットで調べてみるとあやしげな情報が出てきた。 友人は髪をドレッドにしていて、上野のアメ横の服屋で働いている。ボブマーリー好きだし、いつもラスタカラーだし、どうも瞳孔がひらいていることがあったりして、はっきりと確認したことはなかったけれど、なるほどなとおもった。
毎年七月第二週の土曜日に行われる海水浴場の海開きよりも早く、五月になると毎朝、地元の海へと自転車を走らせる。どちらが先に海へ到着するかの勝負がかかっているから、横で必死に自転車を漕ぐプリワーロフに負けないよう、ペダルを踏むペースを上げた。 季節外れだから砂浜には散歩をしている年寄りを見かけるぐらいで人はほとんどいない。草むらに自転車を倒して堤防を乗り越え、あと二ヶ月もすれば海水浴客でいっぱいになる砂浜を全力で、ゴールの岩場を目指して二人で駆けおりていく。 先に岩の上に到着
漁師や釣り人は、夜明けから日の出までを「まずめどき」と呼ぶ。魚を取るには絶好の時間帯なのだけれど、田舎の小さな漁港しかないような海だとそれほど人もいない。このまずめどきに自分はこっそりと、岬をまわったところのスポットでいつも誰にも知られないように漁をする。 その場所にはボラがよく泳いでいる。近くの小さな岬の名前には鯔の漢字が使われているようなところだから、かつてはボラ漁が行われていたのだろう。しかし今ではボラなんかを獲る人はすっかりいなくなってしまったから、もうこの漁場
気がつくとそこは海の中だった。あたりは一面深い青緑で、ぐるっと見まわしても海底が見えないから一瞬、上下左右もわからなくなった。ついさっきまでブックオフの290円CD棚を見ていたはずなのに、いったいなにが起こったのか、まったく見当がつかない。 ちなみに海中にいるのにもかかわらず苦しさはなく、なぜか呼吸ができている。息をすると首スジのあたりから水がすーすーと入ってきている気がして、これは鰓呼吸をしているということなのだろうか。視野が広くなったのかわりと後ろまで見えるようにな
館内には非常灯しかついていないから、水槽には反射した自分の姿が写っているばかりだった。しかし深夜ということもあって水族館の魚もきっと眠っているだろうから、見えなくてもあまり問題はない。 小さな熱帯魚の展示が並ぶ通路の途中にある、『関係者以外立ち入り禁止』と書かれている扉は、閉館後には施錠されることになっている。はずなのだけれど、ここみたいに昔からあるような古びた水族館では、そういった小さな決まり事は守られることもない。 扉の向こうはバックヤードになっている。通路の突
クリスマスも終わり、あとは年越しを待つだけの静かな日々が続いていたある日、児童養護施設の前に一台の白いバンが停まった。運転席から降りてきた男が施設の玄関先に、大きな発泡スチロールの箱を二つ置いていく。それに気づいた職員が声を掛ける間もなく、男は車に戻り、窓から手を振りながら走り去っていった。 職員が箱の中を確認してみると、そこには丸々として脂の乗った寒ボラが10匹入っていた。手紙が添えられていて、「近海でとれた寒ボラです 皆さんで召し上がってください 寒ボラを愛する男」