![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/47038217/rectangle_large_type_2_61f44d90b3419420480a9acbd03aa4b5.jpg?width=1200)
島の出来事
大学の卒業旅行として、東海地方のとある島を訪れた。旅のプランや予約など、すべてを友人に任せっきりにしてただ後ろからついていくだけだったのでなにも言えないのだけれど、なぜそんな小さな島へ行くのかと疑問におもい、事前にネットで調べてみるとあやしげな情報が出てきた。
友人は髪をドレッドにしていて、上野のアメ横の服屋で働いている。ボブマーリー好きだし、いつもラスタカラーだし、どうも瞳孔がひらいていることがあったりして、はっきりと確認したことはなかったけれど、なるほどなとおもった。
半島の先のあたりからフェリーに乗って島に渡り旅館にチェックインすると、もう夕方だった。とりあえず宿の温泉に入ると、友人はフェリーで酔ったようで体調がすぐれないらしく、部屋で寝ているとのことだったので、ひとり、静かな島を散歩した。
島はほとんどが山で、湾に沿って家や旅館がある。漁船が多く泊まっていて、小さいながらも海水浴場があり、夏は観光客が多いのだろうかとおもった。
宿はなぜか素泊まりで、夕食はどこか店を予約しているらしかった。しかし肝心の友人は寝たままで、場所を書いたメモだけ渡され、ひとりきりでそこへいくことになった。
防波堤をすぎ、森の中の遊歩道を抜けると、木々に隠れて一軒家があった。扉を開けて予約していた筈を伝えると、店の奥へと通される。店内には席などはなくそのまま素通りして、奥の扉を開けるとそこはプライベートビーチになっていた。もうすでにパリピのようなグループがいる。
飲み物を聞かれたのでとりあえずコーヒーを注文すると、一緒になにやら酒のようなものが運ばれてきた。酒は飲まないのにどうも断れるような雰囲気でもなく、たまにはいいかと仕方なく飲んでみると、おかしな気分になってきた。アルコールが強いだけではないような気はするけれど、それが何かはわからない。
海はすぐ目の前にあるけれど、スピーカーから大きな音でどろどろした音楽が流れていて、波の音はあまり聞こえない。周りを見てみると食事をしている人もいて、オムレツのようなものを食べている。
予約の段階でもう料理は決められていたらしく、しばらくすると自分のところにも食事がやってきた。ボーイさんが持ってきた大皿にはボラの丸焼きが乗っていて、おいしそうなオイルでひたひたになっていた。上からは黒っぽいキノコやハーブ類のようなものがふんだんにかかっている。
ボーイの人はアジアのどこかの人のようで、日本語が通じない。箸やフォークはないのかとジェスチャーで聞くと、丸かじりしろという身振りが返ってきた。ホドロフスキーの『サンタサングレ』の冒頭みたいだなとおもった。
どこかの馬鹿な日本人がいらないことを教えたようで、ボーイは満面の笑みで「食ってみろ、飛ぶぞ」と言い、去っていった。
ボラにかぶりついてみると少し塩が効いているくらいで、おもったよりも味はしない。ハーブの強い香りが鼻の奥にずっと残っているようだった。丸かじりしているせいで、口や鼻のまわりはすぐにオイルまみれになった。
手をベタベタにして、いったい何をしているのだろうと一瞬、正気に戻りかけて、月明りのない暗い海をながめていると、遠くの方に大きな貨物船がゆっくり通り過ぎていく影が見えた。
ボラを食べすすめていくうちに、なんだか体が冷えていくような妙な感覚があった。そのうち、ビーチの砂浜だとか、他の客が座っている椅子やテーブルなどが急にぼこぼこと膨れ上がるように見えはじめた。友人が予約しているようなところだからと不審におもっていたけれど、気づいた時にはもう遅く、黒々としていたはずの海が唐突に鮮やかな原色のマーブル模様になり、ぐるぐると回転しだした。
スピーカーからの低音はいつしかやんでいて、誰かがカリンバを演奏しているのが聴こえてくる。カリンバはキーをかえられないはずなのに、不思議なことに頭の中で自由自在にキーを変更することができた。西武新宿駅近くの路上でカリンバを演奏しているのを何度か見ていて、キーが変わらなくて退屈だなとおもっていたけれど、好き勝手に転調ができるようになると、得も言われぬ複雑なメロディーになって、こういうことかと合点がいった。
ふわふわした気持ちで楽しい気分にもなっていたけれど、ふと海をみるとマーブル模様は消え去り、いつの間にかまた真っ暗になっていて、それが急にとても恐ろしくおもえてきた。その暗闇はこちらに覆いかぶさってくるようで怖くて仕方がない。飲み込まれてしまいそうに感じて、手で視線を遮ろうにも体が動かず、海から目を離すこともできない。そのうち、海の中にはいくつもの大きな目が浮かんできて、それらがすべて、こちらを冷たく睨みつけてくるようになった。
いつしかカリンバも鳴りやんで、またスピーカーからどろどろした音が流れはじめた。もうどこかへ逃げ出すか、死んでしまいたくなったところで、海に浮かぶ無数の目の中に、ばしゃっとボラが跳ねるのが見えた。月も出ていないはずなのに、ボラのウロコが光を反射して、銀色を放っているような錯覚があった。
海面の波紋が消えてしまう前に、また別の場所でボラが跳ねた。さらに次のボラが跳ねて、黒い海の上に美しい銀色が次々ときらめきはじめた。その絢爛とした様は暗い夜空を明るく染めていくようで、ふと空を見上げると、そこには見渡す限りに星が瞬いていた。吸い込まれそうな星空を見ていると、まだ生きていてもいいような気がしてきた。
(この話だけは本当にフィクションです。まったくの想像で書いています)