平凡社ライブラリー【新訳】モンテ・クリスト伯を読んでいます。その3
今回は『モンテ・クリスト伯』における「格好良いおじさま」について書きたいと思う。人物の選定については異論は認める。
1.信念と行動の聖職者。にして政治犯。ファリア神父
イフ城には「狂人」と呼ばれる囚人がいた。
当時バラバラな状態であったイタリアを、大帝国として統一させたいとの願いをもっていた彼は、その活動の果てに政治犯として投獄されてしまったのだった。
「神父」というと、穏やかで争いを好まず、行動よりは沈思黙考を選ぶイメージを抱いてしまう(歴史上のものすごい聖職者のエピソードは横に置いておく)。
ところがこのファリア神父だが、行動力がものすごい。かつ、やみくもに脱獄を試みるのではなく、緻密に計算し計画をたて、看守にばれないようにコツコツ数年もの時間をかけて行動している。
脱獄のため穴を掘る必要があれば四年かけてそのための道具を作った。
昼間は見張りがあるので夜間に固い地面や石を少しずつ掘り進め(なんと数十尺も一人で掘っている)、できた穴をごまかすための方策も忘れない。……だが、綿密な計画も正しい情報がなければ成功しない。掘り進めた壁は、海に面している側の城砦ではなかった。
ファリア神父が計算を間違えていなければ、脱獄は成功していたかもしれない。そしてダンテスはファリア神父が土を掘る音を耳にすることもなかったかもしれない。ダンテスは独房で孤独に死んでいったことだろう。真実を何も知らないまま、絶望だけを抱えて。
しかし、ファリア神父とダンテスは出会った。
ダンテスはファリア神父の作った道具を見、無から有を生み出す思慮に触れるうち、ファリア神父であれば自分がこのような不幸に見舞われた原因を解き明かしてくれるのではないか、と考えた。
ダンテスは投獄されるに至った経緯を、ファリア神父に話した。
話を聞いたファリア神父の言葉を引用したい。
なんだかすごく名探偵のセリフっぽい! かっこいい! と、あまり思慮深くない感激を味わう私。
ここからダンテスに対する尋問が始まる。(裏があったとはいえ)ヴィルフォール顔負けの尋問である。
やはり神父じゃなくて職業名探偵では?
ファリア神父はダンテスに犯人たちの名前を告げた。
あいまいなままだった数々の物事が繋がり、ダンテスは強いショックを受ける。その後、ダンテスは自分の独房でひとり、復讐への決意を固めるのだった。
そんなダンテスの表情を見て、ファリア神父は悔いる。「彼の心に復讐心を忍び込ませてしまった」と。ファリア神父は聖職者らしくない、みたいな書き方をしてきたが、まだ年若なダンテスを思いやる心、とても立派だと思います!
ダンテスはファリア神父に学問の手引きを請うた。
「復讐のため」というより、ファリア神父への尊敬から、自分もこのようになりたいという気持ちが強かったのだと思う。
天性の記憶力や理解力の持ち主だったダンテスは、ファリア神父の教えをぐんぐん吸収した。二人で立て直した計画は神父一人で実行したものよりも成功の見込みは高かった。
順調に計画が進められる中で一大事が発生する。
ファリア神父が持病の発作を起こしたのだ。
ファリア神父は自分の命が尽きることを考え、ダンテスにある秘密を打ち明けた。それはイタリアの古い貴族の隠し財産の存在。その隠し場所こそ、モンテ・クリスト島。
ファリア神父は三度目の発作により、この世を去った。
ファリア神父とダンテスの間には、たしかに信頼関係と愛情があったと思う。実の親子ではなかったが、神父にとってもダンテスにとっても、お互いが希望の存在だったろう。
そして彼の死により、ダンテスは脱獄を完遂する。
2.おまけ ノワルティエ・ド・ヴィルフォール
初登場のセリフからなんだか洒落っ気のある雰囲気を醸し出す、五十歳くらいの男。何を隠そう、堅物見栄っ張りの王室検事代理ヴィルフォールのお父上である。
息子のヴィルフォールが王党派であるのに対して、ノワルティエはガチガチのボナパルト派だった。
ダンテス投獄の件もあり、ヴィルフォールをおちょくるような返事をするノワルティエには、好感を持ってしまう……のだけれども……。
『モンテ・クリスト伯』を読み進めていくと、このノワルティエ氏、いろいろと危ない親父であることがよくわかる。
先述の「ボナパルト派のクラブの噂」について、ヴィルフォールはノワルティエに警告を出す。聞いたノワルティエは不敵に笑い、変装をするのだが、この流れがとても格好良いのだ。
ダンテス脱獄から数年後、モンテ・クリスト伯爵がパリに表れてからも、ノワルティエは重要な場面に顔を出す。「おまけ」にしたのは、彼はまだまだ先まで出番があるためだ。
主人公ではないものの「ダークヒーロー」的魅力であればモンテ・クリスト伯爵に勝るとも劣らない、とんでもない親父だ……と私は思っている。ほんの少し、ヴィルフォールに同情しちゃうくらい。
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