「連載小説」死神皇子と赤ずきんの少女①
プロローグ
雪がしんしんと降っていた。
街の中央を流れる大きな川が上流の冷たい空気を運んで来る。
実際の気温よりもよく冷えた。
道行く人は巻きつけたファーのマフラーを鼻まで引き上げる。
そして外套のチャックを閉める。
誰しも足早に帰路に向かった。
「マッチは、マッチは要りませんか」
少女の声が聞こえる。
雑踏の音で掻き消されてしまう、か細い声だ。
声の主は背丈の小さな女の子だった。
赤い頭巾を被っている。
雪の中だというのに薄着ーーまるで雑巾をパッチワークで縫い合わせて作ったかのような服を身にまとい、穴が半分空いたブーツを履いていた。
洋服の裂目からところどころ肌が露出していた。
いずれの箇所も寒さで真っ赤に腫れ上がり、身体は絶えず小刻みに震えていた。
「長く燃えるマッチです。マッチは要りませんか?」
再び嗄れた声で言う。
マッチ箱が沢山入ったバスケットから一つ取り出す。
それを通行人に渡そうと手を伸ばした。
「マッチは要りませんか」
通行人は誰もマッチを受け取ろうとしなかった。
それどころか、まるで少女が見えていないかのように肩をぶつけて行った。
足を引っ掛ける。
クスクスと笑い声をあげる。
そういった明らかで悪質な嫌がらせもあった。
「汚い手を引っ込めろ」
「まあ邪魔な子ね。どきなさい」
「どけって言ってるだろうが」
突然、体格の良い男性が激突してきた。
やせ細った彼女は当然はね飛ばされてしまう。
小さな悲鳴をあげて、氷と雪でぐしゃぐしゃになった路面に尻もちをついた。
臀部に衝撃を感じる。
痛い。
それにとても冷たいわ。
すぐにズボンに水が染みてきたのが分かった。
慌てて立ち上がった。
この気温と風の中で衣服を濡らしてしまった場合、数分後には凍結が始まるだろう。
皮膚が凍傷になったら大変なことだった。
どこか暖かい場所で洋服を乾かさないと。
少女は辺りを見渡した。
周りには一戸建ての民家とアパートがいくつも立ち並んでいた。
その中の一軒、レンガ造りの家とその窓から見える部屋が目に飛び込んできた。
部屋の中には大きなストーブがあった。
薪を何本も焚べられる立派なストーブだ。
住人が丁度ストーブに燃料を足していた。
薄手のシャツを一枚身にまとって、分厚い木材を炎の中に放り込んでいた。
ああ、あんなに暖かそうな部屋で仲間たちとシチューを食べられたらどんなに幸せでしょう。
少女は儚い情景を一瞬頭の中に思い浮かべた。
でも、だめよ。
だって私たちに帰る家なんてないんだもの。
夢なんか思い描いたって失望するだけだわ。
頭をぶんぶんと振り回し妄想を打ち消した。
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