隠された「真実」の存在を前提とする世界観は、陰謀論の入り口である。
書誌情報
武井彩佳『歴史修正主義』中央公論新社、2021年.
本書は、歴史修正主義の目的、その目的達成のための手段、それらの孕んでいる問題点などを多くの具体例とともに明らかにしている。
序章までで、歴史学と歴史修正主義がどのように異なるのかが述べられる。物事をどのように捉えるのか、という点に違いがあると言えるだろう。歴史の解釈は、主観的要素を排除することはできない。時代や学術には潮流があり、それらの影響を排することは不可能だからだ。ただし、その解釈変更において、現在の政治体制の正当化あるいは批判のために歴史の筋書きを提供する、つまり求めているストーリーへの当てはめのための歴史叙述を行うことが、歴史修正主義の抱える問題であり目的である。
第1章以降は、時系列で歴史修正主義をめぐる事件・出来事、また歴史修正主義的な言説に対して、国家や歴史家がどのような対応をとってきたか、などが述べられる。著者の専門であるナチス・ドイツにおけるユダヤ人をめぐる言説が、叙述の中心に据えられている。そのなかで、ホロコーストの否定論者は合理性の枠外から主張を展開するため、真の意味で論破することはできないこと、また、歴史解釈を裁判所の判決に委ねることには問題があることなどが指摘される。判決により特定の歴史解釈にお墨付きを与えることになるからである。また、判決により否定論者を罰することができても、確信犯に対して、判決あるいは国家等による規制は抑止力とならないからである。
歴史言説を法で管理することは諸刃の剣である。表現の自由、民主主義が機能していなければ、法による歴史の規制が、国家による思想統制全般の手段に拡大する恐れもあるからだ。
これまで歴史家は、歴史修正主義と真剣に向き合ってこなかった。彼らの主張を否定するためには、膨大な時間、労力、資金を必要とする。一方で、学術的に新しい発見は、全く得られないからである。しかし、歴史修正主義が拡大し、大きな影響力を持つことを防ぐためには、歴史家が歴史修正主義と対峙すべきであり、放置していてはいけないという。
本書は、歴史修正主義を正面から取り扱い、その歴史を紐解き、その主張の問題点などを明らかにしている。「はじめに」でなされている歴史家と歴史修正主義者の歴史の見方の違いが、例えを用いてわかりやすく説明されている。各章でも、この例えを意識したであろう説明が見られる。専門家でない人たちにわかりやすく伝えるための、重要な手法であると考えられる。
歴史修正主義が消え去ることはない。歴史学の世界に片足を踏み入れた私にはどんな対峙の仕方ができるのか、模索を続けていく必要がある。