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【短編ノンフィクション】豪雨・雷鳴・プチ遭難  もりたからす

毎週土曜は電車で市外へ出向き、仕事を一つ片付けることになっている。

先日はその仕事がいつになく捗り、こりゃあいつもより早い電車で帰れる、とうきうきで駅に着いたが、19時台は土日運休だった。

仕方なく待合室で読書をしていると、雨が強まり、雷まで響いてきた。

あっという間に電車運転見合わせが決定し、駅員がその旨のアナウンスを繰り返す。

「なお、雨が止んだとしてもその後に安全確認を行うため、運転再開には時間がかかります」

雨は勢いを増し、雷はとどまる気配さえない。

途方に暮れつつも、何とかしなければならない状況だ。しかし待合室には「調べた状況を全部声に出しちゃうおじさん」がいて、私の想定する対応を一つずつ丁寧につぶしてしまう。

「この様子だと電車は今日中には動きそうもねえなあ。待ってても意味ないか」

「あー、でも駄目だ。タクシー全然つかまらないよ、これ」

「それにこの辺のビジネスホテルどこも満室だな、困ったなこりゃあ」

不意に街全体が停電した。間断のない稲光が照らすのであまり暗くならない辺りが余計に恐ろしい。

駅員はもはや電車の有無には言及しない。

「駅舎の中は安全です!どうかここにとどまってください!大変に危険です!外に出ないでください!」

私はこういう場合につい「街にゾンビが溢れてる時のアナウンスだ」とか「実質ハルマゲドンじゃん」と余計なことばかり考えてしまう。

1時間ほど経つと雨足はわずかに弱まってきたが、雨雲は私の自宅方面に、なんと線路沿いに移動しているらしく、いよいよ運転再開の見通しは立たない。

そしてついに、待ちくたびれた先程の何でも喋っちゃうおじさんが、禁煙マークの真ん前で喫煙を始めた。黙示録に記された世界の終わりである。

それで私は、歩き出す決意を固めた。せめて二駅先の大きな駅まで行こうと考えてのことだ。

多少マシとはいえまだ土砂降りではあるし、稲光も続いている。ピカッとくるたび耳を澄ませ、雷鳴までの秒数から一応の安全性を確認する。伊能忠敬だって多分もう少しまともな気象知識に基づいて旅をしていたと思う。

とにかく私は歩き続けた。ローカル線の、それも市境を跨いでの二駅分である。春のピクニック日和でも、現代人は普通そんなに歩かない。「途中のコンビニで食料を買おう」という甘っちょろい考えが達成されたのは1時間後のことだった。

道中はとにかく暗かった。令和の地方都市にこんなに街灯がないとは思ってもみなかった。これに関しては確実に、伊能忠敬の方が提灯、蝋燭等の適切な装備をしていたはずだ。そもそも夜中には歩かなかっただろうし。

それでも何とか2時間かけて私は目的地に着いた。まだ電車は動いていないし、タクシー待ちで行列ができている割にタクシーは1台も見当たらないが、目的地は目的地だ。

ここまでくれば自宅まではたったの10キロ強。3時間あれば余裕だし、それくらいの距離はほとんど誤差誤差。

数十人の帰宅難民と共に駅舎内に座り、カロリーメイトとポカリスエットの大塚製薬コンビで栄養を補給した所で途端に冷静になり、諦めがついた。

「親戚に連絡し、駅まで迎えに来てもらう」

これはこの夜を通して私がした決断の中で、おそらく唯一適切なものだった。

車中で一連の出来事を話すと親戚は「ははは、かわいそう。ウケる」と笑った。

自分でも真っ暗な叉路で駅までの正しい道が分からなかった辺りはかなりかわいそうだったと思うし、疲れすぎてカロリーメイト1本食べきれなかった点は結構ウケる。

比較的平穏な人生を送ってきたので、この程度でも私の中では自然災害部門ナンバーワンの苦労であった。

登山用レインウェア上下や登山用ヘッドライトも愛用しているのに、最も必要な時に限って持っていなかったのは私の不徳の致すところだ。

「天災は忘れた頃にやってくる」と寺田寅彦も言っていた気がする。夏目漱石から綿々と続く胃弱一門として、私も常日頃から不測のラグナロクに備えねばと思う。



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