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生き地獄

ある日、病院から電話が来た。

父が倒れたという。

夏だった。

酒を飲み、エアコンの効いていない部屋で昏倒していたらしい。

熱中症で救急搬送されたが、これが原因で父は認知症を発症した。
これが原因で父の入院生活が始まり、二度と自宅に帰る事はなかった。

父は病院を たらい回しにされていたのだが、
ある病院から呼び出しがあり、私は都内の病院に向かった。

医師は、父の片足を切断する必要がある事を、私に伝えた。

閉塞性動脈硬化症で、父の足先は壊死していた。

他に選択肢がない事も、すぐに解った。

敗血症を避ける為、膝の上から切断して様子を見る必要があり、
足の付け根から切断する再手術が必要になる可能性もあるという。

私は父に訊ねた。

「足、痛い?」

すると父は言った。

「俺の足は治るから」

手術の承諾書類にサインする必要があった。

父の姉や妹など親戚に事態を報せると、叔母の一人が理不尽に私を罵った。
親戚というのは こういう時、金銭を出さず口を出すのが世の常というもの。

この叔母は、若い頃に膠原病が原因で 片足を切断しており、
切断手術後の幻覚痛に、のたうち回るほど苦しんだ人だった。

父のアルコール中毒の治療に反対し、好きにさせるよう主張した人だった。

この状況は、その結果でもある。

だが、愚か者の相手もしてられないので、私は途中で電話を切った。

自分の気が済むか済まないかにしか興味がないような、
イカれた お気持ち信徒の相手をしている暇はなかった。

父の足を切断する手術の承諾書類に、私はサインするしかなかった。
私は 父に思い入れもなければ恨みもなかったが、何故か泣けてきた。

父は弱い人だった。

認知症で半ば幼児退行したこの老人の精神が、
足を失ったショックに耐えられると思えなかった。

その上、のたうち回るほどの幻覚痛に 父が苦しむ事になるのかと思うと、
仕方ない無力感と共に とめどなく涙が流れてどうする事もできなかった。

情けなく、孤立した状況だった。

私が 父の足を切断する許可を医師に出すのか、と思った。

選択肢はない。
そうしなければ、死ぬ。

だが それを許す自分が父の足を奪い、苦痛に曝すような気がした。

(それでも駄目なら、次々切断していくのか)

そう思うと、やりきれなかった。

自分が父を、生き地獄に落とすような気がした。