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天文学者のひとり言(12) 谷川俊太郎で思い出すこと[5] 『魂にメスはいらない』の河合隼雄が角川文庫『銀河鉄道の夜』で解説をしていた
宮沢賢治の文庫本
前回のnoteで、谷川俊太郎の父、谷川徹三が編集・解説をしている宮沢賢治の童話を集めた文庫本があるという話をした。
それは次の2冊だ。[1] 『銀河鉄道の夜 他十四篇』(岩波文庫、1951年)。1 [2] 『風の又三郎 他十八篇』(岩波文庫、1951年)。
谷川徹三は宮沢賢治の童話作品の評論もしているので、賢治作品にはかなり精通している人だ(『宮沢賢治の世界』谷川徹三、法政大学出版会、1970年)。しかし、文庫本の編集・解説まで行なっていたとは、今回初めて気づいたことだった。
書斎の書棚を見てみると、宮沢賢治作品を集めた文庫本は他にも数冊ある。角川文庫の『銀河鉄道の夜』に至っては、2冊もある(図1)。出張先で立ち寄った本屋さんで適当に選んで本を買い求めると、気付かないうちに二重買いしてしまうことはよくある。これもその類だろう。そう自戒しながら、角川文庫の『銀河鉄道の夜』を手にとってみて驚いた。心理学者の河合隼雄が解説を書いているではないか! 河合隼雄は谷川俊太郎と対談をしている。それをまとめた本『魂にメスはいらない』については、以前にnoteで紹介した。
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心理学者・河合隼雄が解説した『銀河鉄道の夜』を見つけた!
心理学者・河合隼雄が解説した角川文庫『銀河鉄道の夜』(図1)には次の八つの作品が収められている。
[1] おきなぐさ
[2] 双子の星
[3] 貝の火
[4] よだかの星
[5] 四又の百合
[6] ひかりの素足
[7] 十力の金剛石
[8] 銀河鉄道の夜
[1]、[2]。[4]、[8]は星や銀河など、天文学の話題が上手く使われている。残りの作品では賢治の好きな石・鉱物がたくさん出てくる。自然科学に造詣の深かった賢治ならではの作品が並んでいるのだ。
実際に、河合隼雄の解説を見てみよう。解説のタイトルは「過透明なかなしみ」である(240-250頁)。
本書に収められた宮沢賢治の作品では、星が大切な役割を担っているものが多い。「双子の星」、「よだかの星」などと、星がその題名に入っているし、「銀河鉄道の夜」の銀河は星の集まりである。それに「おきなぐさ」でも、最後は「うずのしゅげ」の魂が天に昇り、変光星になる。宮沢賢治は星が好きだったに違いない。
河合も賢治の星好きのこと、そして自然科学への造詣の深さを指摘している。その解説を書くということは、河合自身、心理学のみならず、星を含む自然科学に詳しい必要がある。
「銀河鉄道の夜」では、冒頭で、主人公のジョバンニたちの先生が授業で「天の川銀河=星の集まり」について説明する。河合はその説明にいたく感心している。天文学者の立場から見ても、河合の意見に賛成できる。例えば、『天文学者が解説する 宮沢賢治『銀河鉄道の夜』と宇宙の旅 』(谷口義明、光文社新書、2020年)を読むと、ジョバンニたちの先生の実力の程がわかる。
また、河合は宮沢賢治の「透明感」に言及している。「透明感」から持つイメージとして、賢治=天上人という図式を得る。ところが、賢治は自らのことを修羅と言っている。河合はこれら二つのイメージを一人の人間として重ね合わせることによって宮沢賢治を理解できると述べている。
人間の心の深層には天国も地獄もある。天国は透明感、地獄は濁りが相当する。これらの混在を、宮沢賢治は深層意識の中で理解していたのだろうと河合は考えている。
そして次のように結論する。
知情意すべてにかかわる深層意識の体験をおしすすめていくと、「もう信仰も化学と同じようになる」というのが賢治の理想であったと思われる。賢治はあまりにも早く生まれたので同時代の人に理解され難かったが、二十一世紀を目前にして、人々は賢治の理想をやっと理解しはじめたのではなかろうか。(註:この解説は1996年に書かれたものなの「二十一世紀を目前にして」という表現になっている)
まったく、同感である。
臨死体験が生んだ『銀河鉄道の夜』
では、なぜ、心理学者の河合隼雄が宮沢賢治の作品を集めた文庫で解説をしているのか? 一瞬、不思議な気がした。そこで思い出したのが、河合隼雄の『宗教と科学の接点』である。この本は1986年に出たものだが、岩波現代文庫で復刊された(岩波現代文庫、岩波書店、2021年、図2)。
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そこで紹介されている話は、驚くべきものだった。
賢治は臨死体験して『銀河鉄道の夜』を書いた
詳しくは、以前のnoteを参照されたい。
賢治の作品には、理解し難いものが多い。その意味では、心理学的な考察が大いに役にたつ。つまり、賢治作品を理解する人として、河合隼雄はベストな人なのかもしれない。良い勉強になった。