ゴインキョ
町内会主催の夏祭りは、二年連続で中止。
小さな子どもが引っ張る山車と、子ども神輿、大人神輿の三台が決められたルートを練り歩く。
数に限りがあるのだが、子ども達には法被が配られ、着たい子はその場で法被姿になり引き手にまわる。
お祭りで活躍するのは町内に住むおじいさん、おばあさん。
こんなに居たのか?!と思う人数が集会所に集まり、設営から準備から、何から何までてきぱきと取り仕切る。
私達家族は、長男が小学生になった頃からこのお祭りに参加していた。
うちの兄弟は山車の引き手。
兄の方は、4年生くらいからは子ども神輿の担ぎ手にまわればいいのに、
「オレは今年もこっちで」
と山車の太い綱を握っている。
山車と神輿の誘導をするのは、粋な法被姿がきまっているおじいさん達。
「わっしょい、わっしょい」
子ども達の掛け声が少しでも小さくなると、
「もっと声出していけーー!そぉーれ、わっしょい、わっしょい、わっしょい!わっしょい!」
おじいさん達が大きな声を出すと、子ども達もつられて声が大きくなる。
夫と私は、このおじいさん達を「わっしょい爺さん」と呼んでいる。
今日、この「わっしょい爺さん」の中のひとりをお見かけした。
◇◇◇◇◇◇
その方は近隣の住民に、ゴインキョと呼ばれている。
若い頃は大きな会社を経営していたらしいとか、名の知れたおうちの方だとか、うわさが飛び交う。
ご隠居ではなく、ゴインキョ、の方が似合う風情の方だ。
私がよく利用するセブンイレブン、ゴインキョは常連さん。
完全に寝間着であろう浴衣に股引姿で来店される。
ゴインキョのこのリラックス全開ないでたちに、皆が慣れている。
浴衣は、いつもかなりはだけているので(股引の見えている面積多し)お節介な私は「ちょっと失礼します~」と浴衣の前身ごろをぐっと引き合わせたくなる衝動にかられる。
だが、だらしないのではなく、何とも色気があるおじいさんなのだ。
セブンイレブンの店員さんが
「ゴインキョ、ナナコカード、このまえ忘れていったでしょう?」
と声をかけると、片手をあげて
「失敬。ありがとう。」
ゴインキョをお見かけするたびに、幸せな気持ちになる。
◇◇◇◇◇◇
毎日服用している高血圧の薬をもらいに、かかりつけクリニックに行った。
先生が血圧を測ってくれる。
あ、上が高いですねと私が言うも、いえいえ、こんなもの、ゼンゼンですと先生。
処方箋を書いてもらいクリニックから出ようとすると、向こうからおじいさんがやってきた。
ゴインキョだ。
淡いブルーのシャツを腕まくりして、ライトグレーのパンツ。
私に「お先にどうぞ」というジェスチャー。
会釈をして先に行かせてもらうと、ゴインキョはクリニックのドアを開けて入っていった。
後ろ姿を見ながら、なんで今年はお祭りがないんだろう…と急に悲しくなり、急に泣きたくなった。
わっしょい爺さん達、おばあさん達、お元気でいて欲しい。
ゴインキョの法被姿を、楽しみに。