【本】麦本三歩の好きなもの 第一集 住野よる
麦本三歩(大学図書館員・女性)は「もって」いる。ドジでおっちょこちょいで物覚えが悪くて、でもなんか愛されキャラで、他の人なら許されないことが笑って許されてしまう。クラスにひとりはいるタイプ。
私はそういう「もってる」キャラではないし、「もってる」人を好きになるのにとても時間がかかるタイプだ。三歩の職場の先輩も本人に向かってはっきりと「好きじゃない」と言っている。彼女を好きじゃない人は一定数いるはずだと断言できるキャラでもある。
麦本三歩がおもむくところ、おおむね事件の匂いはしない。正確にはこれから何か始まりそうな気配が漂うのだが、漂うだけで終わる。日々の小さなさざ波程度で済んでしまう。
これは小説じゃないのか。小説なら小説らしく、もっとどーん!と、ばーん!と何か起きたらどうなんだ。
さざ波すらも立たないのならそれはそれ。しかしちゃんと、そこそこ強い風は吹くのだ。
なんだこの「もってる」感。
私はひとりの友人のことを思い出した。
彼女とは高校で知り合った。「もってる」感満載で近づいてきた彼女に、はじめは苦手意識をもっていた。
あまりに積極的に天真爛漫にぐいぐい押されて、気づいたらまわりが私と彼女を仲良し認定していた。私か彼女のどちらかが男であれば「仲がいいから、つきあってるのかと思った」と言われるパターンだ。
とにかく外堀を埋められた私は、根負けした。いつのまにやら彼女の「もってる」感を笑って受け入れられるようになってしまっていたのだ。
そんな彼女とは高校を卒業してからもつきあいが続いている。
ある休日、彼女ともうひとりの友人の3人で待ち合わせをした。彼女は「もってる」キャラ全開で遅刻してくるという。私ともうひとりの友人は彼女を待ちながらおしゃべりをした。
そこで相変わらずの「もってる」話を聞いた。
彼女たちは先日ふたりで電車に乗り、座席に座っていた。
目の前の人が網棚の荷物を取ろうとしたその時、電車が大きくカーブしたのだ。網棚の荷物は「もってる」彼女の膝の上に落ち、なんと割れた生卵が彼女のスカートを濡らした。
生卵の持ち主は平身低頭でクリーニング代をくれたそうだが、荷物が落ちてくるだけでも「もってる」のに、生卵とはどれだけ「もってる」のか。
もちろん「もってる」彼女自身はそのことで喜んでいたりはしない。むしろしばしば困っているのだが、私を含め周囲は彼女の「もってる」エピソードを聞くのが楽しみで仕方ない。
この本を読んでいる間ずっと、麦本三歩のイメージ映像は「もってる」友人の姿だった。友人の姿をした麦本三歩が、私が卒業した大学の図書館で働き、私が一人暮らししていた部屋で食べ、悩み、考えこんでいた。
実はこの本、すでに第二集が出ていて手元に用意済みである。このあとの三歩の暮らしぶりもチェックするつもりだ。
ちなみに麦本三歩。
本屋で手に取った際は「むぎもとさんぽ」だと思っていた。江戸川乱歩的な感じで。
いざ読もうとして表紙を眺めた時に若い女の子のイラストが描いてあるのを見て、間違いに気づいた。
「むぎもとみほ、だよ。名前がさんぽじゃおかしいでしょ!」
ページをめくり一行目の冒頭には「むぎもとさんぽ」とルビがふってあった。
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