製茶工場のヒーコタイム
昔、製茶工場に勤めていたことがある。
主にブレンド茶を製造加工する工場だった。
今でこそ多種多様なお茶が出回っているが、
当時はお茶と言えば緑茶や玄米茶が主流で
ブレンド茶はほとんど見かけない時代だった。
そこの工場のブレンド茶が、とても美味しくて
あまりに美味しかったから
社員募集の新聞広告を発見した時は速攻で面接に行った。
面接で そのお茶が出されたのだが
社員さんが淹れてくれたお茶はまた格段に香ばしくて甘くて美味しくて
なんというか、味にふくよかさがあって
意地汚くもがぶがぶ飲んでしまった。
マナーのなっていないダメダメ就活者である。
しかし、不採用だったとしても 美味しいお茶が飲めたからラッキーと思えるほどで
上機嫌で帰宅したのだが 結果的に採用となった。
後に知った話だが、面接で美味しい美味しい言いながらお茶を完飲する人が珍しかったようである。
まさかの意地汚さが反転して福を呼んだのだ。
世の中何が幸いするかわからない。
さて、そこの工場に就職して ものすごく嬉しかったのが 昼休みである。
マイカップ持参で、お茶が飲み放題なのだ✨
重量規格外でハジかれた、訳あり製品を使用し
朝からやかんでじっくり煮出したお茶は本格的な味わいで、やはり家庭で飲むのとは一味違う。
さすが老舗のお茶会社である。
ちなみに私的にはティーパックにお湯を少なめに注ぐだけの、お手軽だけど濃い飲み方も大好きである。
これに氷を入れてもものすごく美味しい。
要はどの飲み方でも美味しいお茶なのだ。
それはさておき、昼休みには本格的な煮出し茶が飲み放題なのであった。
さて、昼休み。
休憩室で1杯目のお茶を飲み終わり
各々が持参のお弁当を食べ終わった頃、
ベテラン社員さん達の間で異変が起こった。
お互いに目配せして、換気のため開けていたドアから顔を出し、誰も来ないことを確認してからそっと閉める。
そして棚の奥からおもむろに何かを出してきた。
盆にかかった布をはずすと、
ちょっと大きめの瓶が鎮座している。
中には褐色の粒々した粉。
さらにスティックシュガーにクリープ…
コーヒーセットだ。
え、こんなに美味しいお茶があるのに?!
コーヒー飲むの?
いや、何を飲むのも自由だと思うけど
なんでこんなに隠してあるの😱?!
新人の私がいろいろ動揺していると、
吉永小百合似のベテラン社員さんが
しーっ、と唇に人差し指を当てながら
透明なコソコソ声でこう言った。
「これね、ヒーコ」
は?
ヒーコ?
「ヒーコ…、ですか」
「そう、ヒーコ。
コーヒーなんだけど社長に知られると怒られるからね、内緒なの。
バレないようにヒーコっていってるの。飲む?」
いや、ヒーコとか普通にバレると思うけど。
さっき戸締まりしてたのは神出鬼没な社長を警戒していたのだ。
大人になってまでコーヒー飲んで怒られるとか、いやはや世知辛い世の中である。
どちらにしても私の舌にはヒーコより、お茶の方が100倍美味しかったので
「このお茶大好きなので、こちらをいただきます❤️」
と、ヒーコは丁重に辞退して ポットに大量に残った美味しいお茶を飲めるだけ飲んだ。
もしかすると、ベテラン揃いだから
皆さん既にお茶は飲み飽きてしまっているのかもしれなかった。
私にもそんな時が来るのだろうか。
とにかくヒーコ派の方が圧倒的多数というか、
私以外全員だったので
お茶は大量に余ってしまった。
それを捨てなくてはならないのが もったいなくてもったいなくて私は涙が出そうになったのだが、
社員さんたちは和やかに、幸せそうな表情でコーヒ…
いや、ヒーコを優雅に嗜んでおられた。
今でもたまにコーヒーを飲むと
あの時の密やかなヒーコタイムを思い出す。
結局いまだに私はコーヒーよりもお茶が好きで、
あの会社のお茶も、たまに購入しては懐かしく味わっている。
何故たまにしか買わないのかというと、
ちょっとお高いからである。
今は安くて美味しい色々なお茶がたくさんあって
まさに選り取りみどり。
とても嬉しい時代なんである。
でもやはり、あの会社のお茶は多分一番美味しい。
だいぶ昔に会社辞めたけど。
かなり誉めたと思うので、心当たりのお茶工場は
私にタダでお茶をくださってもよろしくってよ?