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ザリガニの鳴くところ

2022年公開 アメリカ オススメ度9/10点中

タイトルだけを見ると「あれ?大丈夫?ナタ振り回した女の子に追いかけられない?」と勘違いする人もいるだろう。大丈夫。少なくとも主人公が何度も世界をやり直したりしないしナタも出てこない。

やはり原作が小説の映画は当たりが多い。オリジナル脚本も決してハズレというわけではないのだが個人的な好みとしては小説から映画になったものを面白いと思う傾向にあるようだ。ただ、原作ファンからすると物足りないとか再現度低めとか辛辣な評価もちょくちょく見受けられる。私は原作は未読なのでその上での映画に対する評価と思っていただきたい。

舞台は1950年から1970年代のアメリカ、ノースカロライナ州の湿地帯。8歳の少女カイヤは歳の離れた多くの兄弟、いつも優しい母とそして感情的になりやすい粗暴な父と暮らしていた。湿地帯は外界とは切り離された場所にあり、彼女にとっては家族と沼地の大自然が世界の全てであった。閉鎖的ではあったが幸せな家。父は暴力的だったが母は優しかったし一番歳の近い兄は色々な事をカイヤに教えてくれた。やがてそんな平和な日々も父の暴力によってあっけなく崩れ去る。

母親が出て行ってからの家族の崩壊が早過ぎるし、どうして母が一番幼いカイヤだけでも連れていかなかったんだろうという疑念はある。それほどまでに追い詰められていた、という捉え方も出来るがそれにしては父の暴力に関する描写が映画全体で観ると決して多いわけではない。これでは母親がいきなりプッツンして出て行った様に見えなくもない。仮に、父親の暴力がどれほど異常でも子供ら全員を置いて出ていく母親を我々はどんな思いで観れば正解だったのか今を持ってしても不明である。

ミステリーと言う勿れ

さておき、先になんとなく納得できない部分を述べておいただけで全体的にはすこぶる良い映画だった。映画の公式含めミステリーやサスペンス作品の様な紹介の仕方をしているサイトもあるが果たして正解だろうか。確かに逃亡劇から映画は始まるし、捕まったカイヤが弁護士に自らの半生を振り返ることで物語が始まる。カイヤが本当に罪人なのだろうか?という最重要ポイントも含めて考察しながら視聴するタイプではあるものの、個人的にはあまりそういう映画だと思って観ない方がかえって面白さは増すのではと思っている。

ミステリーと思って身構えて観ているとそこまでの仕掛けが為されているわけではないのである意味表紙抜けしてしまうかもしれない。私はあまり下調べをしないで視聴する派の人間なのでそういう先入観を持たずに観れたことはある意味正解だった。ではこの映画の面白さとは?

湿地が織りなす大自然の美しさ


作中でも湿地は決して住みやすい土地では無いとされているものの、自然は豊かで美しく閉ざされた世界であるからこそ静かで心地良い場所だとされている。少なくとも孤独になってからのカイヤにとっては湿地は包容力のある母の様な存在であったのだろう。湿地の恵みで暮らし湿地と共に生きる。主人公カイヤはどこか「もののけ姫」のサンの様だなと個人的には思った。

文明社会で生きる人々からは忌み嫌われているが、それは何ものにも囚われないカイヤの生き方への嫉妬現れにも見てとてれる。それほどカイヤという存在は気高く美しかったのだろう。実際観ていて湿地の中に生きるカイヤは日に日に美しくなっていくのが分かる。

カイヤの運命を動かした二人の男たち

ラブロマンス的な展開も忘れられない。

孤高で美しいカイヤを取り巻く二人の男たち。知的で優しい幼馴染のテイト。イケメンで甘え上手なチェイス。この二人の男たちに出会ったことでカイヤを取り巻く環境は良くも悪くも大きく変わっていく。カイヤに文字と知識と恋心を授けたテイトに対して、悪い影響ばかり及ぼしたチェイス。どちらの相手がカイヤにとって良い男なのかは明白だが一方でテイトに出会わなければチェイスとの関係もまたあり得なかったと考えられる。そう考えると湿地という閉ざされた世界から外へ旅立つきっかけとしてテイトやチェイスは不可欠だったのかもしれない。いわばテイトもチェイスもカイヤにとって成長痛のような存在と言って良いだろう。

湿地から広い世界に踏み出すことで幸せと苦しみの両方を手に入れたカイヤ。結局は湿地に戻り生涯を終える事になるのだが、その人生は果たして幸せだったのだろうか。そういう疑問も含め本作は視聴する我々に様々な事を投げかけてくる。

人にとって本当の幸せとは

テイトとの出会いで多くを手にしたカイヤは喜びを噛み締めていた時期もあったが、より一層の孤独を経験してしまい絶望感を味わう事になる。これを観ていて「外界と切り離され孤独に生きるということは自由であり、束縛の無い広い世界で生きるという事でもあるんだな」と思うと同時に「社会と関わりを持ち人と人との輪を広げて生きるということはそれなりに縛られ閉鎖的な環境で生きるという事でもあるんだな」とも思った。

現代社会においては結構身につまされる内容である。

私個人としては人間はどちらかに振り切らないと生きれないと思う。つまり、孤独で自由に生きるか人に囲まれて縛れて生きるか。一見すると前者は自分本位でストレスがなく後者は窮屈で息苦しいと思えてしまう。しかし狭い世界だからこそ得られる安寧があり、窮屈な人間関係からしか得られないものもある。孤独は真実の自由だがいざ死を間近に感じたり大きな不安に対峙した場合、大概の人は孤独に押し潰されそうになって周りに助けを求めるものだ。

映画をより深く理解して読み解く為に

だいぶ主観が入ってしまった。ご容赦いただきたい。私はこの映画をかなり面白いと思ったが最初に書いたとおり原作ファンからは辛辣な評価が多いそうだ。しかし私は原作未読派。どこがどう足りないのか、まず実際に原作を読んだうえで改めて映画を見直してみようと思う。現時点では

「面白い作品だから深みのあるのが好きな人は観てみて!」

としか言いようがない。

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