ドイツ映画『水を抱く女』から見る女の執念の恐ろしさ
美川憲一の『さそり座の女』
誰もが一度は耳にしたことがある曲でしょう。
いいえ私は さそり座の女 お気のすむまで 笑うがいいわ
あなたはあそびの つもりでも 地獄のはてまで ついて行く
思いこんだら いのち いのち いのちがけよ
この歌詞を見てあなたは重いととらえるか、いやいや、そんなもんでしょ、恋やら愛なんてものは、と思うか…。『水を抱く女』はまさに「さそり座の女」歌詞そのもの。西洋占星術でいう“蠍座”は水の星座のグループに属していて、愛が深い故に相手からの裏切りは一切許さない。
本作は水の精霊「ウンディーネ神話」を基に作られた。ドイツの大都会ベルリンを舞台に、ダークファンタジーと異色ラブストーリーが融合した作品である。
ウンディーネ神話とは
ウンディーネは普段は湖や泉に生息しほとんどの場合が美しい女性の姿をしているという。人間との悲恋物語が多く語り継がれ、人間の男性の愛によって魂を得るが、そこにはおおきな禁忌がある。
1.ウンディーネは水のそばで夫に罵倒されると、水に帰ってしまう。
2.夫が不倫または他の女性へ気持ちがいった場合には、ウンディーネは夫を殺さねばならない。
3.水に帰ったウンディーネは魂を失う。
ウンディーネを題材にした作品はジロドゥの戯曲『オンディーヌ』をはじめ、オペラやバレエ、数多くの音楽にも取り入れられ、これまでに多くの芸術家達を魅了してきた。
どんよりとした曇り空の多いドイツ・ベルリンを舞台にした現代版のウンディーネの映画は、神話に忠実に描いているところが興味をそそられる。
あらすじ
物語はウンディーネがヨハネスから別れを切り出されたシーンから始まる。
『行かないで、戻ってきて。私を捨てたら殺すから』
ベルリンの都市開発を研究する歴史家ウンディーネは、アレクサンダー広場に隣接するアパートで暮らしながら博物館でガイドとして働いている。恋人のヨハネスに別れを切り出され悲嘆に暮れる彼女の前に、愛情深い潜水作業員クリストフが現れた。すぐに2人は強く惹かれ合い、新たな愛を大切に育んでいく。ある日二人は元恋人のヨハネスと道ですれ違う。クリストフはその時のウンディーネの僅かな動揺に気付き彼女に問いただす。やがてウンディーネは自分の宿命と向き合うことになるのだがーー。
「東ベルリンから来た女」のクリスティアン・ペッツォルトが監督・脚本を手がけ、神秘的な精霊ウンディーネにパウラ・ベーアが演じ、2020年・第70回ベルリン国際映画祭で女優賞を受賞している。愛情深いクリストフ役に「希望の灯り」のフランツ・ロゴフスキが演じている。
水の都といえばイタリアのヴェネツィアが浮かぶが、ベルリンはヴェネツィア以上に街には多くの橋がかかっている。街の中には歴史を見守ってきた水路が現代も流れ、歴史的な建造物と流行の最先端が入り混じる。
古から受け継がれるウンディーネ神話と東西の統合により発展を遂げたベルリン、古典的なドイツの良き文化と愛を見失ったウンディーネ。この二つを対比させながら描いているところにペッツォルト監督の手腕が感じられる。
ホラーのような不気味な物語でもありながら、どこかロマンチックでもあり、見終わった後には静かな余韻が響き渡る。選曲が「バッハ」というのがこれまた心地よく、ピアノの音色が作品により芸術色を際立たせている。
水を抱く女
監督:クリスティアン・ペッツォルト
キャスト:パウラ・ベーア、フランツ・ロゴフスキ
製作:2020年製作/90分/G/ドイツ・フランス合作
配給:彩プロ
オフィシャルサイト:映画『水を抱く女』オフィシャルサイト