#ss
知らない【ショートショート 恋愛】
17時半。この時間まで待つと決めていた。この喫茶店の閉店は18時であり、閉店までの間心を鎮めたいと思っていたからだ。
前のデートの日、あなたは指輪を付けていた。付き合い初めて5年、初めてのことだったから、私はこれが最後のデートだとわかった。けれど、念を押して、必ず2月27日には来てね、と、何度も何度も場所と時間を伝えた。2人で迎える4度目のあなたの誕生日だったから。仕事を終わって、いつもならあな
雪明かり【ショートショート】
電気を消した部屋の青さに気づいた。障子に映る世界は青い。夜って真っ暗じゃないんだなと雪見を上げてみると、雪が降っていた。月明かりかと思ったら雪明りか。こんなにも明るいのか。
私の住む地域はそんなに雪深いところではないので、雪にまつわる記憶は特別感がある。
大学生の頃女友達数人とバスでスキーツアーへ行ったこと。スキー自体より夜のお土産屋さんの散策が楽しかった。クリスマス時期だったので、たまたま手作
ブランコ【ショートショート SF】
「ごめーん、今日も迎えに来てくれるー?」
酒に酔って上機嫌なタケルの声と、もう帰っちゃうのー、という女の子の声が聞こえる。もう、これで何度目だろうか。これまでの私は、電話の前でも笑顔を装っていそいそと迎えに出ていた。けれど前回でそれも終わりだ。
「いや」
私の一言に、一瞬沈黙が訪れた後、タケルの怒声が聞こえてきた。私はそれを無視して電話を切ると、スーツケース1つ引いて玄関を出た。すでにグッバイ愛の
かけ違ったボタンの世界【ショートショート SF】
アラームで目が覚める。
ん!?たしかに8時にかけたはずなのに8時15分を指している。これは急がないと間に合わないぞ。
慌てて着替え駅へ走る。
「いたっ 」
歩行者信号が点滅していたので止まったら後ろから押された。みんなどどっと渡っていく。え、誰も止まらないのか。私も訝しみながらも合わせた。
改札が開いたままになっている。壊れているのかと別の所へ行こうとしたらまた押され、そのまま進むと入れた。
いつ
睡蓮【ショートショート 恋愛】
「花蓮」
池の睡蓮の花を眺めていたら、小さな声で呼ばれた。
「明日菜。早いのね」
振り返るとプリーツスカートが翻るのにまだ慣れない。
私たちは全寮制の女子校へ入ってまだ半年もたたない。夏休みで帰省している子が多いが、私は家庭環境が複雑なので帰れない。明日菜がなぜ帰らなかったのかは知らない。
池は校舎の裏手にあって、朝の日差しの下静まり返っている。
「花蓮、ちょうちょが」
明日菜が手を伸ばす。私は身
雨の日とウイスキー【ショートショート】
ごうっと風の吹き付けるような音がした。最近大風が多いから、それが耳に残っていただけかと思った。そのうち土の匂いが運ばれてきて雨なのに気づき、窓を閉めてエアコンをつけた。こんな雨の日はスムースジャズを聴くと、心が穏やかになる気がする。
梅雨明けはしたんだっけ。ぼんやりとニュースで聞いた気がする。昨年もこんなことを言っていた気がすると思い出して、ひとり苦笑いする。
昼から外出しようかと思っていたがど
大樹【ショートショート 恋愛】
アールグレイの香りで、自分の調子が分かるようになった。軽ければ快調、重ければ不調。
今朝は重いなと感じながら支度をし家を出た。
その判断はすぐに後悔することになる。
会社はフレックスなので、ラッシュアワーを避けて遅めに出勤している。ラッシュ時なら混雑するホームも、人はまばらだ。そこにぼんやりと立ち、きれいだなと雲を眺めていた後の記憶がない。
目を覚ますと、そこには太った男が汗をふきふき座ってい
死ぬなって言える?【ショートショート】
わかった時には私の腎機能は5割になっていた。
健康診断で、血圧が高いと言われたのがきっかけでわかった。
この病気は家族性のものらしいけど、私の場合突発性だったから、診断がつくのに時間がかかった。
正直、自覚症状なんてないような気がする。言われてみれば疲れやすいような気もするけど。けどもともとの貧血もあるし。あ、貧血も腎臓のせいなのか。
ひとりカウンターバーで飲んでいた。ふらふらと歩いてたどり着い
夢【ショートショート】
いつものようになんとなく仕事をして帰る。
もうアジサイが開き始めている。まだ今年になったばかりだと思っていたのに。もう少しで今年も半分終わる。
結婚はとうに諦めた。10年前、同期たちの結婚ラッシュのさなか、彼と出会った。私もなんとか20代で結婚できる、と胸を撫で下ろしたものだった。それから3年経ち結婚の2文字を出したが彼はお茶を濁し、更に2年経ち婚活を始めたいと言ったら、転職したいんだ、来年には
春の雨【ショートショート ファンタジー】
春の雨はさらさらと降る。小雨だから20分傘を差さずにいても、そんなに濡れない。それでも、仕事帰りに濡れながらみみを探すのはまいる。
最近私は目が見えづらく、動くものくらいしか見えなかった。帰宅するともうすでに暗かった。しかし玄関のドアをするっとみみが通り抜けるのは、うっすらと見えた。あれは本気で外へ出たかったのだ。おむかえなんかの時は、玄関でちょこんと待っている。
「みみちゃん、ぬれるから帰ってお
逃避行【ショートショート】
来ないで。
そう思いながら駅のベンチで待っていた。
春は来た。けれど風は冷たい。マフラーをきゅっと巻き直す。
今夜十時に、とあなたは言った。
二人で遠い街へ行こうと。
私は静かに頷き、互いに少しだけの荷物を取りに家に戻った。
もうすぐ十時。
来ないで、と祈るような気持ちで時計を見る。
「ごめん遅くなって」
息を弾ませて、いつもの笑顔で来たあなた。
二人の未来を疑わぬあなた。
私も笑顔で応じる
悔いて【ショートショート】
高校生の頃、仲の良かった友達と口を聞かなくなった。
私は幼稚園に通う頃から「お心が強い」と言われており、自分で言うのもなんだが、我慢強いほうだった。
その子が何をしたのか、何がきっかけで口を聞かなくなったのかは、思い出せない。
そんな些細なことだったが、多分積み重なって嫌になってしまったのだ。
その子はそれからも何度も私に話しかけてきた。
けれど私がそれに応じることはなく、そのまま卒業して、それか