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睡蓮【ショートショート 恋愛】

「花蓮」
池の睡蓮の花を眺めていたら、小さな声で呼ばれた。
「明日菜。早いのね」
振り返るとプリーツスカートが翻るのにまだ慣れない。
私たちは全寮制の女子校へ入ってまだ半年もたたない。夏休みで帰省している子が多いが、私は家庭環境が複雑なので帰れない。明日菜がなぜ帰らなかったのかは知らない。
池は校舎の裏手にあって、朝の日差しの下静まり返っている。
「花蓮、ちょうちょが」
明日菜が手を伸ばす。私は身構えて目を瞑る。虫が嫌いなのだ。
その刹那柔らかいものが唇に触れ、明日菜の短い髪が少し私の頬に触れた。
明日菜は唇に人差し指を立て、内緒の合図をして去っていった。それから夏休みが終わるまで、明日菜は私に話しかけてこなかったので、私も彼女に話しかけはしなかった。

新学期が始まり、体育祭が終わり、文化祭の時期になった。
私たちのクラスは、閉じ込められたお姫様を王子様が助け出す、そんな芝居をやることになった。どこの国の童話にでもありそうな話。投票でなんとなく、私が姫、明日菜が王子に決まった。
稽古は滞りなく進んでいたが、明日菜からの提案で、2人のシーンをもう少し稽古したいと申し出があった。特になんの気もなく私はOKした。
30分ほど稽古したあと、帰り支度をしていたら、明日菜が言った。
「花蓮は睡蓮よりもきれいだったんだよ」
私が振り向くと明日菜はいたずらっぽく笑った。

私たちのクラスの芝居は、2日目の最後が出番だった。クラスの子達みんな、この学校での初めての文化祭に色めきだっていたが、私と明日菜だけが意外と淡々とその時間を過ごしていた。
最後のシーンでは、私たちはキスをするフリをして幕が降りるはずだった。
「花蓮、走るよ」
明日菜が舞台で突然囁いた。誰も気づかない。
暗転したら、明日菜に引っ張られて私は走っていた。
「どこ行くの?」息を切らしながら私が聞いたけど、明日菜は何も言わない。黙ってついて走った。
睡蓮の池が月の光に輝いていた。
「これを見せたかったの」
月明かりの下でも、明日菜の瞳がきらきらと輝いているのが分かった。
「ありがとう」
今度は私から明日菜にキスをした。


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