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私のお気に入りの孤独

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#小説

私のお気に入りの孤独(5)

私のお気に入りの孤独(5)



 雨はあがっていた。
 アナウンスが、代行列車があと30分ほどでやって来ることを報せ、笑子とひばりの周りにはいつの間にか人だかりができていた。
 長い身の上話を終えた笑子のスマートフォンのバイブ音が鳴った。機種を変えただけで、メールアドレスや電話番号は変わっていない。でも、笑子の連絡先を知っている人間はかなり限られている。両親なら、笑子が来るのを知らないはずはないし、列車の運休のニュースも見

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私のお気に入りの孤独(4)

私のお気に入りの孤独(4)

4

 2015年の5月末、笑子は、再び帰省することになった。今度は、父方の祖父の七回忌に出席するためだ。
 よりによって、このときが、笑子の体調不良のピークだった。新しい薬の副作用と、前の薬が抜けないことによる副作用。新しい薬はすぐには効いてくれないので、抑うつも収まらない。
 抑うつ、食欲不振、そして低血圧からくるめまいや動悸。笑子は実家で殆ど寝てばかりいた。法要の最中すら、ちょっと立ち上がる

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私のお気に入りの孤独(3)

私のお気に入りの孤独(3)

3

 追い風に乗っていたはずの笑子の風向きが変わったのは、思わぬ人事が発端だった。
 9月末、訪問看護の日、大谷さんが突然こう言い出したのだ。
「さて、訪問看護のスタッフは定期的に訪問地区を替えることになってまして、私たちがここに来るのも今日が最後になります」
 それはあまりに急な宣言で、笑子は言葉を返せなかった。
「そんな顔しないで。今度から来てくれるスタッフさんは、私よりも、もーっと優秀な人

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私のお気に入りの孤独(2)

2

「あなた、名前は?」
 老婆が笑子に聞いた。
「円山笑子といいます」
「マルヤマエミコちゃん。そうなのねえ」
「お名前は・・・・・・?」
 今度は笑子が訊ねた。
「ひばり。菊水(きくすい)ひばりっていうのよ。美空ひばりちゃんとおんなじ名前。もっとも、向こうは本名じゃないけどね。うふふ」
 キクスイヒバリと名乗るその老婆は、ゆったりとしたペースで喋り、何が可笑しいのか、ひとりでクスクス笑った。

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私のお気に入りの孤独 まえがき

私のお気に入りの孤独 まえがき

2014年に書いて、お蔵入りになった後、しばらく小説を書けなくなり、「もう小説は書けないのかな」と思っていたところ、「Prism」執筆などもあってやっと書き始められたのが2018年頃でした。

そして2019年、「Prism」と本作「私のお気に入りの孤独」を同人誌発行し、以前から強いインスパイアを受けてきたグループ展、「北の病展」に出展することに決めました。

すごく勇気を出しました。大きな一歩を

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私のお気に入りの孤独(1)

私のお気に入りの孤独(1)

 今なら、胸を張って言える。
 あの頃の自分の経験は間違いじゃなかったと。

「雨がひどいですね」
「ひどいわね」
 円山笑子(まるやまえみこ)は、自宅から歩いて数分の駅、1番ホーム向かいのベンチに座って、列車を待っていた。
 前日から降り続いている雨のせいで、来るはずの普通列車は朝から全線運休になっていた。笑子はそれを駅に着いてから知った。
 何となく癪で、それに何となく思うところがあって、彼女

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