人間関係が“我慢”と“忘れる”では解決しない理由と対処法を自衛隊メンタルヘルス教官が指南
「人間関係さえスムーズにいけば、もう少しラクに生きられるのに」。そう思っている人も少なくないのでは。
なぜ人間関係に疲れるのか? 疲れないようにする方法はないのか?
長年自衛隊メンタル教官として、また現在は“予約の取れない人気カウンセラー”として活躍『自衛隊メンタル教官が教える 心の疲れをとる技術』(朝日新書)の著書もある下園壮太さんに話を聞きました。
■人間関係に疲れるのは「我慢するから」
対人トラブルが発生したとき、私たちの多くがやるのが「我慢」。そして、「忘れてしまうこと」です。これらは、決して悪い方法ではありません。日本人は和を尊重する文化を持ち、「自分だけ我慢をする」ことに慣れていますし、多くの人にとってなじみのあるスキルといえます。
ところが、対人トラブルの対処を「我慢」だけに頼ると、デメリットが大きくなります。「我慢」の何が悪いのか、事例を使って説明しましょう。
【我慢のデメリット1】 エネルギーを消耗する
まず、「我慢をする」ということは、通常の3倍の感情エネルギーを消費します。
例えば、「会議のための資料をコピーして」と上司に指示されたとしましょう。明日までに仕上げる企画書で忙しいあなたは、「本来は後輩がやるべきはずだ」と思いつつ、しぶしぶコピーにとりかかります。
この時、コピーの作業に「イライラ」という感情が乗るので、本来の作業よりも負担感が「1」プラスされると考えてください。
でも、「ここで不満を言っても仕方がない」と、そのイライラをぐっと「我慢」して、コピー作業を行いました。イライラと同じだけの力でそれを抑えるので、負担感がまた「1」プラスされます。
しかも作業が終わっても、イライラと我慢の押し合いはかなり長くまで続いてしまう。この継続による負担感を「1」と考えます。
こうして、「我慢」すると、本来の作業量に加え、感情関連のエネルギー消耗が3倍も大きくなってしまうのです。つまり我慢は「疲労」を増加させるのです。
【我慢のデメリット2】 被害者意識が大きくなりやすい
さて、1倍で済むはずだったところを3倍のエネルギーを消耗して、コピーが終わりました。これ以上貴重なエネルギーを消費されないよう、あなたは無意識に周囲に対する警戒心を高めます。「もう、これ以上、自分に仕事をふるなよ」という警戒です。
そこへ、上司が再び登場して、「明日までの企画書、できた? 今日中に一度見せて」と言います。実は、上司はあなたを助けたい気持ちで言っていたとしても、今のあなたには、急かされているようにしか聞こえません。目の前で、のほほんと座っている後輩の姿も目に入ってこようものなら、「なんで私ばっかり……」と思ってしまいます。
このように我慢ばかりしていると、知らないうちに自分の中の「被害者意識」が大きくなってしまいます。
【我慢のデメリット3】 自信が低下し、世の中への警戒心が強くなる
我慢は自己否定です。我慢ばかりをしていると、無意識のうちに「私の感覚、私の意見は、重要ではない」というメッセージを自分の心の中で反芻してしまいます。自分の感性を否定するのだから、「自信」を失ってしまいます。
自信を失い、気分も沈みがちになり、疲れがたまっていくと、とうとう、その我慢もできずに爆発してしまいます。そして、そのことでまた、大きく自信を失うのです。
自信が低下すると、いっそう警戒心が強くなります。自己のイメージが縮小すると、相対的に「世の中は危険」というイメージを拡大するからです。
こうなると、危険な世の中に対しては警戒しなければならない。イライラや不安、ビクビクすることが増え、どんどん疲れていく。そして、さらなる自己嫌悪を感じ、また疲れやすくなるという悪循環に陥りがちになります。
■「我慢」プラス「忘れる対処」で、ますます疲れがたまる
我慢が苦しくなると、多くの人は次に「忘れてしまう」という手段をとります。そもそもの感情や出来事をなかったことにしてしまえば、我慢の必要もなくなり、かなり穏やかに過ごせるようになるからです。
これは、期間限定のトラブルに対しては優れたスキルだといえるでしょう。忘れているうちに、原因となった問題が解決したり、終了したり、風化してしまうからです。
けれども、人間関係のトラブルは危険性が継続する場合が多いもの。忘れているつもりでも、意識のバックヤード(無意識)で、常に警戒の感情が発生しています。そして、トラブルがあった人に対して、知らないうちに「恨み」の記憶が育ってしまうのです。
このように、「我慢」と「忘れる」対処だけでは、人間関係は疲れる一方になります。でも、我慢せずに嫌な上司を怒鳴りつけることもできないし、そんなことをしても、人間関係の問題がさらに大きくなるだけです。
ポイントは、「嫌だな」と思った自分の感情を無視してフタをしないで、まずは、しっかりとその感情を受け止めて、認めることです。自分で自分の感情を否定したり、無視しないこと。いつも「我慢」しがちな人は、このことからはじめてみてください。
(構成:ライター・向山奈央子/写真:Getttyimages/図版:本書より)