「お会いしたことないけどお世話になっている」小川哲と伊坂幸太郎の不思議な関係 <本屋大賞ノミネート記念!小川哲×杉江松恋対談を特別公開>
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■クイズは本来、人間が持っている文化
杉江:この題材についての取材やクイズというジャンルについてどの程度調べたかということが大事だと思いますが、小川さんは執筆に際しどういう風に取材を進められたのでしょうか。
小川:基本的に、僕のクイズ知識は素人です。テレビを見ないので、クイズ番組とかも全然知らなかったし、「東大王」も実は1回も見たことがない。
去年、伊沢拓司くんが『クイズ思考の解体』という分厚い本を出版した。クイズ史とプレイヤー心理とクイズの作問の仕方などが全部セットになった、すごく異様な本なんです。まず、クイズ史を伊沢くんが書いている時点で異様ですよね。だって伊沢くんはクイズ史の中に出てくる人物だから(笑い)。まずそれが役立って、他にも、数は少ないのですがクイズ関連の文献は読みました。
クイズって世界中どの国にもあるんです。どの国でもすごく人気があって、テレビ番組があったり、パブでクイズ大会が行われていたりとかもする。クイズが人間が本来持っている文化であることを知り、僕の中で「クイズって何だろう?」「クイズの本質って何?」と考えるようになっていた。クイズについて考えることは、人間について考えることでもあるわけです。それと、日本有数のクイズプレイヤーの徳久倫康くんと知り合いだったことが一番大きいことかもしれない。原稿が書けたら事前に読んでくれると請け合ってくれて。もう1人、開成高校出身の田村正資くんという、高校生クイズで伊沢くんと一緒に全国制覇し「イケメンの田村」で有名になった彼が、大学の学科の後輩で個人的な知り合いだったことも大きい。田村くんと徳久くんという有名なクイズプレイヤーが、目の前にいる。
これの何が大きいかというと、話が聞けるのは当然として、僕が好き勝手に原稿を書いたとしても彼らがチェックし「これはプレイヤーとしてありえない」というのを教えてくれるっていう保証が大きいんですね。クイズプレイヤーが何を考えて、どういう風にボタンを押して、といったことは、僕はクイズプレイヤーではないから、全部想像で書くしかない。「これでいいのかな?」と思いながら書くのと、「もしも間違っていたら教えてくれる人がいる」って思っている状態で書くのって、違うんです。クイズについては2人に相談しつつ、原稿も読んでもらいました。でもクイズプレイヤーの心理などについてはほとんど何も言われなくて、「この問題はこの文字では確定してないです」とか「もうちょっと前で確定しています」とか結構テクニカルな修正が入りましたね。
杉江:それは「確定ポイント」ですね。まだ『君のクイズ』を読んでいない方に説明すると、問題を聞いているうちに、途中で、論理的に何を答えるかがわかるところがある。それを確定ポイントと言うんです。『君のクイズ』の中では大事なテーマですから、肝腎の確定ポイントが間違っているとクイズに関するディテールがおかしいということで作品の評価が辛くなることもありえますよね。
■ワインと一緒で日によって変わる「確定ポイント」
小川:確定ポイント自体も、ワインと一緒で、日によって変化するというか……他のクイズによっても変わっていくんですよ。帯に言葉をいただいたクイズプレイヤーの山上大喜くんが面白いことを言っています。『君のクイズ』は「白い光の中にいた。」っていう一文から始まるんですが、「旅立ちの日に」という合唱曲は「白い光の中に~」という歌詞で始まるんです。その合唱曲の問題の確定ポイントがこの小説の書き出しによって変わったと言っていました。これまでは「白い光の中に」と問題が出されたら、ピンポンと押して「旅立ちの日に」って答えればよかったのが、今では答えが『君のクイズ』の可能性もある。そういう風に日々変わっていくものがクイズだ、と。
杉江:観測者の存在が実験結果に影響を及ぼすようなものですね。
小川:『君のクイズ』もすでに実際クイズの問題になっているみたいなので。山上くんのアイデアからすると、僕はこの本によって一つのクイズの確定ポイントを変えるって試みをしているわけですね(笑い)。
杉江:「スラムドッグ$ミリオネア」という映画がありますが、読者の中にはそれを思い浮かべる方も多と思います。これはあちこちで聞かれるでしょうが、映画との関係を教えてください。
小川:昔一度、この映画は観たことがあります。まず、『君のクイズ』の構成をこうしたのは、「一番気持ちがよかった正解のシチュエーション」を田村正資くんから聞いたことがありますね。「クイズに出題されるとは思っていなかった自分の個人的な経験が問題に出たときがあって“正解”って言われた時に嬉しかった」という話です。やっぱりクイズの一番の魅力はそこなんだろうって感じました。自分がテレビ番組を見ながらぼんやりとクイズを解いている時も、「自分が生きてきたこと」で、「この答えを知っている!」ってなるとちょっと嬉しい。自分が個人的に知っていたことが、番組だったり競技だったりの中で問題として出されて、自分の人生の経験がそこに役立って正解ができるっていうのがクイズの本質的な魅力だと思ったんです。
杉江:なるほどね。
小川:「スラムドッグ$ミリオネア」も基本的にはそういう構成の話で、主人公はクイズの正解についてイカサマなんじゃないかって疑われますが、こういう理由で正解できたんですっていう、その人の人生を語ることになっている。本質的な部分では一緒で、クイズにとってそれが一番本質的な魅力だったら「スラムドッグ$ミリオネア」と少し被ることは気にすることではなく、むしろ誇らしいことだと。ただ、「スラムドッグ$ミリオネア」は「正解」に焦点があって、『君のクイズ』の場合は、「クイズ」に焦点があります。「正解すること」と「クイズに強くなること」は似ているようで大きく違う。だからこそ、読者の視点から見えてくるものは、まったく違った体験になるのではないでしょうか。
杉江:題材の本質をついているから、同じ構造になるっていうのはすごく面白いお話です。ある意味、小説というもののフィクションの在り様の原点にあることのような気がします。元々、小説は、歴史を個人の立場から語り直しているものが原型です。そこにフィクションをどうやって盛り込むかっていうことはあっても、起きていること自体は変えられない。
■同じ人間がしている行為は、結びつけられる
小川:被るから別の方式にするのは結局、僕のエゴで奇をてらっていることになる。新しいことやっているって思われたいだけ。それが一番の本質なんだったら、それで書こうというのが僕の今の考えです。
杉江:何かのジャンルについて書かれた小説に共通する点だと思いますが、野球でもスポーツでも音楽でも何かに関与しているっていうことをプレーのさなかに発見していくと、そもそもそれが自分の人生の一部分を構成しているんだと悟ることになる。この小説でも、「クイズが自分の人生の一部なんだ」ということに三島は気づいていきます。そこはすごく普遍性のある感覚だと思うんです。
小川:小説を書く時に一番大事にしているのはその普遍性です。基本的に小説のこと以外はわからない僕が、クイズプレイヤーの場を借りて、小説について考えている。僕の考えたことが、そのクイズプレイヤーの考えたことと究極的には同じだろうか?ということ。『地図と拳』でもまさにそうでしたが「小説を書く=建築をしている」気持ちになることが僕は多い。小説を書いている時、柱を立てて壁を塗って……やっぱりこの柱はいらないな、とか思う。
クイズも同じようなところがある。クイズって、出題をしている人と答える人が、お互いが知っている世界を共有する行為であり、そこに喜びがある。小説も書けば書くほどわからなくなるし、知れば知るほどわからなくなる。そもそも小説自体もクイズの知識のようであり、書名や作家の名前など、いろんなレイヤー(層)で、小説とクイズもまた結びつく。僕は世の中のほとんどのことは、そうやって深い部分で結びつけられると思っている。同じ人間というものがしている行為であるのだから。そういう意味では、普遍性が感じられるかは結構重要でした。
杉江:小説の小説って存在しますし、作家の小説っていうのもあります。すごく自己言及的に見えるんだけど、小川さんは全て、小説の小説になっていると考えてもいいってことでしょうか?
小川:僕の小説を書く基本的なモチベーションは「わからないことについて考えたい」とか「自分から遠い人」とか「自分と全然価値観が違う人」とか、自分と違ったものを持っている人について、小説を通じて考えてみたいということ。人だけじゃなく、出来事も含めて、自分の知らないことについて考えたいっていうのが、大きなモチベーションの1つです。
杉江:ここで視点を変えて、パーツのことを伺いたいです。例えば、音楽で言うと、ここはおかずを入れて読者を楽しませなくちゃいけない、といった局面があると思うんです。『君のクイズ』の中にもリズムとしてのユーモアがありますが、これらは書きながらその時々に出てくるものなのですか?
小川:僕はおかずを入れようとかじゃなくて、小説を書くならば全部、全文、主菜の肉にしたい。どのページから読んでも面白い小説が、僕にとって理想なので。リズムとしてのユーモアも、こういう問題を出されたら、こういうこと考えるだろうなという中で出てきたという感じだけで。理想は、全ページ全行、全文字面白い小説ですね。
杉江:それは、ずっとある小説観ですか? どの辺からそう思われるようになりました?
■小説の中で、あくびをしないように…
小川:理論上の話ですけど、(カート・)ヴォネガットって全ページ面白いんです。でも長編として読むと、あんまり綺麗な構造じゃない。話はいい加減だし、とにかく毎ページが面白いことに心血を注いでいる。逆に、読み終わったときに「こういうことだったのか!」って色んな構造が綺麗にカチッとはまって腑に落ちるみたいなタイプの、面白い小説もある。世の中にあるエンタメ小説はそういう作品が多いですが。
その両方ができたら最強です。全ページ面白い上に無駄がなく、全てがきちんと閉じる。それが常に実現できたら、ここはいま武道館で(笑い)、イベントをやっているかも(笑い)。僕が本を買う時の話ですが、冒頭を読んで買うかどうか迷った時は、ランダムに開いたページを見たりします。そのページが面白いかどうかで、本を買うかを決める。そこに書いてある文字列が単に面白いかどうかっていうのは、僕のなかで本を買う上での重要な指標なんです。イメージとしては、インターネットで生配信をやっていてパッと見に来た瞬間が面白かったら、ずっと見続けるしアーカイブで最初から見直すこともある。でも、その瞬間がつまんなかったら配信は見ない。僕の小説も手に取って適当なページを開いて、そのページが面白くなかったら、申し訳ないな、と。小説の中であくびをしないようにしています。
杉江:「小説中であくびしないように」って、いい表現ですね。例えば書き方として、「スリラー」というジャンルがある。「スリル」だから、後ろから列車が迫ってくるみたいな感覚を読者に味合わせ続けたい。サスペンスは「サスペンド」だから、上になにかぶら下がっているんだけどよくわかんないものがあって、怖い、と読者に思わせたい。これらはつまり「感覚」ですよね。読者をどういう感覚の中に誘うかというのは小説の眼目ですが、そういう観点で書かれることはありますか?
小川:読者の興味が継続するようにという思いは、どんな文章を書いていても必ず考えていることです。サスペンスとかスリラーの方法論みたいなものを使う「シーン」もある。あるいは単純に登場人物の考えていることや謎の行動とかで、読者の興味を引っ張ることもある。さらに、可能であれば、個々の描写だったり文章だったりの面白さで引っ張りたいという思いもある。いろんな形はありますが、僕の場合は、作品全体でというよりは、今、目にしている光景の中で読者に興味を持ってもらえるのはどういうことかな?と、その場その場で僕の持っている手持ちのカードから出していくみたいな感じでしょうか。
杉江:小川さんのことをSF作家だと考えている方もいると思います。執筆される中でそうしたジャンルの存在はどの程度意識に上るものでしょうか。
小川:僕は杉江さんと千街さんに言われるまで、『君のクイズ』をミステリー小説だとは思っていなかった。でも言われて「確かに、不可能犯罪じゃないか」と。書いた原稿をどう売るかは編集者や出版社の問題で、僕はもう全部お任せしています。ミステリーという言葉を使うことで、本が売れて多くの人が手に取ってくれるんだったらそれでいい。書いた時はミステリーを書いているぞっていう感覚はなく、「どうやったら読者の興味を継続させられるか」の一環として、大きい謎を設置しただけなんですね。
僕は基本的には、普通に面白い小説を書きたい。謎ってね、小説っていうもの自体が持っているんです。その先にあるものを知るために読んでいるから、小説には謎がある。謎がどれだけ読者にとって魅力的かどうかは、作家の技量だと思います。
杉江:『君のクイズ』を書かれて、今のところの反響や受け止められ方はどうですか?
小川:『君のクイズ』に関しては、ビビるぐらいの反響があります。普段だったら、僕の本を絶対に手に取らない人も読んでくれているし。友達も僕の本を読まない人が多いんですけど、『君のクイズ』を読んでよかったっていう声をもらっています。あと、僕の母親は、読みやすかったとか言って僕の作品の中で一番評価が高そうな感じがしています。
杉江:きっと「(クイズプレゼンバラエティー)Qさま!!」などから、小川さんに出演のオファーが来ますよ(笑い)。学生服着ろって。
小川:いやあ、担当編集者に「クイズ番組の出演は全部断ってください」って伝えています(笑い)。おもちゃにされるだろうし、視聴者にとってわけのわからない作家をいじっても面白くならないですよ。僕がクイズ番組に出たら、面白くするにはめちゃくちゃ正解するしかないけど、それはできないから。
僕の中で、クイズ番組に関する好きな話があるんです。石田衣良さんが『娼年』の宣伝でクイズ番組に出られた時のこと。正解したらランクが1個上がって、不正解だったらランクが1個下がる。衣良さんは答えがあまりわからないから、ずっとボケッとしていたところ、ほかの出演者たちが高レベルな争いをした結果、誤答が重なり、衣良さんは立っているだけで優勝した(笑い)。衣良さんっぽいなって。
■伊坂幸太郎さんとの縁
杉江:『君のクイズ』の本の帯にはいろんな方の名前があります。新川帆立さんとは対談され、佐久間宣行さんはプロデューサーで、山上大喜さんはクイズプレイヤー。その中でも伊坂幸太郎さんが書いている内容が面白い。
伊坂さんがワクワクしながら本作を読んでいるのがよくわかります。伊坂さんとの面識はありますか?
小川:一度もお会いしたことはないんです。でも、お世話になっている。伊坂さんが僕の本をいろんなとこで勧めているという噂は聞いていて。デビュー後1作目の『ゲームの王国』を発売してすぐ、何かのインタビューで伊坂さんが僕の名前を出してくれていたんです。ありえないこと。同時にその頃、宮部みゆきさんが読売新聞の書評でこの本のことを書いてくれてもいた。結果、伊坂さんと宮部さんのコメント帯が実現し、重版が叶った。
『地図と拳』は僕の中では、推薦コメントは必要ないタイプの小説だと思っていたので編集者に「コメントはやめてストロングスタイルでいきましょう」と言いました。でも『君のクイズ』は、より多くの人に読んでほしかったので、やれることを全部やろう!と。そんな話を担当編集者としているときに、伊坂さんが帯にコメントを書いてくださることになって。帯に掲載されている文章は短いバージョンですが、「頼まれてもいないのに、「推薦コメントを書かせて!」とお願いしてしまいました。」というのが入っている完全バージョンも版元の作ったページにあります。ぜひ、ご覧になってみてください。