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真夜中のファミレスでだれにも言えない悩みに耳を傾ける鴻上尚史という存在

 新刊が出る度に、広告を作り、POPを作り、チラシを作る。宣伝課のしがないスタッフが、独断と偏見で選んだ本の感想文をつらつら書き散らす。おすすめしたい本、そうでもない本と、ひどく自由に展開する予定だ。今回は、『鴻上尚史のますますほがらか人生相談』を嗜む。

 真夜中のファミレス、窓際のボックス席。こっそり好意を抱いていた女性から、妻子ある男を愛してしまい、もう立ち止まることができないと相談される。答えに詰まり頬張ったフライドポテトとぬるいコーヒーの苦み。窓を叩く雨音。もう20年近く前のできごとだ。

 あのとき私は、なにも答えられなかった。自分の気持ちも伝えられなかった。あの雨音と自分の無力さを記憶の彼方から引き寄せてくれた本、それが『鴻上尚史のますますほがらか人生相談 息苦しい「世間」を楽に生きる処方箋』だ。

 鴻上さんの話しかけるような優しい文章は、あのときの私のように、真夜中のファミレスでだれにも言えない悩みを打ち明けられ、それに答えるといった場面をイメージさせる。ああ、鴻上さん、今も昔も変わらないのね。深夜ラジオをやられていた頃から、親にも友達にも言えない秘密を鴻上さんに打ち明ける人はいたが、それはきっと解決するためのヒントをこの人ならくれるかもって感じるからだろう。

 今では私に相談を持ちかけてくる人はもういない。あの日のファミレスのように、きっと答えられずフライドポテトを頬張るだけなので、それはそれで助かるのだが。

 そもそも今はこんなご時世だから、だれかに悩みを打ち明けたくても、ファミレスも閉店してしまう。鴻上さんの人生相談という場は、本当に貴重な場所になってしまった。

 職場で自分にだけ冷たい態度をとる先輩との共同作業が毎日しんどいという悩み。これは同僚にそう易々と相談できない上に、職場とは関係ない友人に打ち明けようにも、どんな職場で、その先輩がどういう人で、どういった業務があってと、相談にたどり着くまでの説明がしんどい。

 鴻上さんは「上司運が悪い仕事は、最低の仕事になりますね」と優しく語り、好き嫌いが激しい、いわゆる子どものままの大人は残念ながらいますと説き、そもそも人によって態度を変える人に気に病むことはないと。だけど、それでは解決しないので、この状況をなんとかするために、したたかに、周到に作戦を練る必要があると答えます。

 いつから先輩が冷たいのか。思い当たるふしがあるのか、それとも最初からなのか、ほかの人とはどんな感じなのか、ほかにも冷たい態度をとられている仲間はいるのか、感情的にならず冷静に対処方法を探すように勧める。

「2人で共同作業をする時、先輩は冷淡だけども、必要な情報をちゃんと示していますか? それとも、冷たい態度で、必要な指示や情報をくれませんか? それがしんどさの原因ですか?」

 つまり、相手が子どもならば、言葉はなかなか通じない。であれば、先輩との関係の改善ではなく、あくまで職場のことならば、仕事上の支障があるかないかを基準にしたらどうかと提案する。支障があるのであれば、それはパワハラなので、別の戦い方があると。自分がなにに傷つき、どういった状況にしんどさを感じるのか、鴻上さんはそうやって相談者自身が自分を具体的に落ち着いて整理、分析する機会を作る。

 ファミレスで私が持ちかけられた相談であれば、彼女は相手の男をどう思い、何を求めているのか、相手の男は彼女をどう考え、不倫という事実をどのように考えているのか。そうやって彼女が求めているもの、彼女の胸の内を彼女自身に自覚してもらう。悩みの解決はみんなここからはじまる。行き先を見失うから悩みは深まる。だから目的はどこにあるのか、答えはいつも相談者の心の中にある。鴻上さんの人生相談は、相談内容の行間から相談者の心中を察しながら進むから、やさしい。

頭ごなしでも、理想論でも、観念的でもない、とことんやさしい人生相談がここにある。

(築地川のくらげ)


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