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日本のインド・ネパール料理店 北関東編

 さて、年末年始、時間あるときに何か本を読んでみたいなどありますよね。そんなときに、阿佐ヶ谷書院刊行の小林真樹さんの『日本のインド・ネパール料理店』はいかがでしょうか。以下、ほんの少しですが北関東編を抜粋して掲載しておきます。もう、ちょっと取材したレベルでは太刀打ちできないような、小林さんでしか書けない、ものすごい情報量です。

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流民の歌~栃木・群馬

 コアな外国料理マニアの間で使われる「現地系」なる言葉がある。ある国の料理を日本人の舌に合わせてローカライズさせない、その国で食べられているのと同じ仕様で食べさせる店、あるいはそこで提供される料理などを形容し、中には「日本人に媚びない味」あるいは「ディープでガチ」などと表現される事もある。
 日本は世界各国の料理が食べられる、世界的にも稀有な国の一つと言われる。しかし日本人を主要客に据えた都市部で食べられるご馳走としての外国料理の他に、日常食としての外国料理を消費する移民コミュニティーを中心としたマーケットが存在する。それは決して「現地系」を求める外国料理マニアを当て込んだものではなく、また「現地系」を出そうという思惑の元に提供されるものでもない。なぜなら日本人にとって「現地系」だと感じるエキゾチックな場所や料理は、その国出身者である当事者にしてみればごく当たり前の日常食だからである。
 その当事者が、食も含めて自らの文化を濃厚に漂わせながら居住している国内最大の空間こそが北関東である。首都圏に近接し、大手メーカーから中小零細まで様々な規模の工場集積地だった同地には、80年代以降仕事場を求めて多くの外国人労働者が流入した。当初、ビザ無し渡航が可能だったパキスタン・バングラデシュからの移民などが多かったのは東海地方とも共通する。やがて労働力は南米からの日系人に政府の肝いりで取って代わられたが、それも2008年のリーマンショック以降、多くが帰国するなどして低迷。その後、穴埋めをするように再び雑多な外国人労働者が集まってくる場となっている。そんな彼らの何気ない日常食こそが、目指す「現地系」料理という訳である。

大泉町のネパール人街

 群馬県大泉町は日系ブラジル人の町として全国的に名高い。直近の2021年1月のデータで、総人口41,747人のうちブラジル人が4,596人、ペルー人が1,032人となっている。ネパール人は427人で堂々の第三位。その後ベトナム、フィリピンと続く。ただしネパール人人口はここ2年で2割ほど減少している。
 
 こうした外国人が多い背景には、スバルの大泉工場をはじめ、味の素やパナソニックの工場があるなど雇用環境が整っている事の他に、行き届いた大泉町の行政サービスも挙げられる。最大外国人人口を誇るブラジル国籍者のために、学校・病院といったインフラについてはブラジル人学校である日伯学園(ブラジル政府認可校)がある他、公立学校に入るためのサポートも充実。また外国人が医療機関を受診しやすくなるよう『多言語医療問診票』といった冊子も町では作成している(ネパール語にも対応)。食料スーパーやブラジル系の銀行・ATMなども充実している。

 さて、肝心のネパール人はどうだろう。大泉町の起点となる鉄道駅・東武小泉線の西小泉駅周辺に、人口規模に比して異様に多いネパール人オーナー店が立ち並んでいる。中にはネパール食材売り場を併設し、本格的なカナやカジャをメニューに揃えた店まであって驚かされる。

 まず駅から一番近い距離にあるドリーム・ハラールレストラン。週末の夜こそ周囲のネパール人客の自転車が店前に置かれにぎわいを見せるものの、平日昼などあまり活況の感じられない店だが、メニューを見るとダカニとチュカウニのセットなんかがあったりするから面白い。甘いダカニと酸味の効いたチュカウニは一口目こそ取っつきにくいが、食べ終える頃にはすっかり妙にハマってしまう味。大泉町を東西に横切る国道142号線に面したチャウラシ・パリカは2016年にオープンしたライ族オーナーの店。7割がインド、3割がネパール料理といったメニュー内容。そのネパール料理メニューにはセル・ロティがあるから「おおっ、出来るの?」と聞いたら案の定「今はちょっと…」との事で、この手のお店にはよくある話ではある。開店当初こそ意気込んで「あれもこれも」メニュー化したのはいいが、客からの注文も少なく、いつのまにか準備をしなくなったものの一つである。脂身の多い豚料理がさすがライ族という感じ。

 少し北上したところにあるニュー・ロジャルもまた平日は実にガランとしている。というより照明すら点いてないので営業中なのかすら危ぶまれる。厨房の奥を覗くと「何の用?」と言わんばかりに怪訝そうにコックさんが顔を出すが、訳をいえば「そっちの用か」と普通にダルバートを出してくれる。食堂でダルバートを食べる以外の用とは逆に何なんだろうか。チョヤは行き交うネパール人数人に調査した際、最もオススメ率の高かった店。いかにも元ラーメン屋という居抜き感の強い店で、やはりというか麺料理のトゥクパなんかも置いてある。ダルバートも600円と安くて確かに美味い。価格的にも「現地系」である。

ニュー・ロジャルのダルバート


 界隈の中でも比較的店内面積が広いのが、バラヒである。他の店が割と簡素な店装であるのに対し、多少のデコレーションを施している点や駐車場の完備している点などでとりわけ入店しやすい。メニューも数多く、ネパール料理・インド料理はもちろんインド中華まで取り揃えているのがいい。実際にオーダーしてみたチョピスイー(チャプスィー)は実際にインドでよく食べられている一度麺を揚げてとろみをつけた餡掛けスタイルのものとは異なるが、日本在住のネパール人コックが独自に想像で創造したインド発祥の中国料理をいただける、と解釈すれば唯一無二のものである事は間違いない。他にもツマミ類なんかが安く充実しているので、是非ククリラムなどのアテに頼みたいところだ。

 西小泉の町はずれにたたずむ食材店デウラリマートに立ち寄ったところ、ネワール人の若いオーナー(二代目だという)・ランジート・マハルジャン氏から「最近じゃ西小泉より前橋市の方がネパール人は多いよ。日本語学校もあるし」という情報を教えてもらった。「ネパール人が集まるレストランなんかもある?」と聞くと「もちろん。西小泉にも無いような本格的な店がある」と店長の友人らしきもう一人が言う。スニル・カワス氏という国内ではあまり見ないタルー族の彼が、実はその店のオーナーの一人だった事が後から分かるのだが。いずれにしても後日、教えてもらった前橋市ジャムガートに入店すると、地方の面積の広い元キャバレー居抜きといった店内の四方には雄大なネパールの風景画が描かれている。いち早く水牛肉のスクティやモモが取り入れられ、ステージもあるので若者たちのイベントスペースとしても使い勝手がいい。それはまぎれもなく最先端の「現地系」ネパール料理店だった。


ジャムガートの壁画

栃木市のネパール人街

 このようなネパール人在住者を主たる顧客とする店は、隣接する栃木県栃木市にも多い。
 
 栃木市は大泉町同様、日立の工場や関連工場があり、以前から外国人/日系人の多い場所柄だった。そうした環境が多くの外国人を呼び込み、2021年4月1日現在の栃木市の外国人登録者数によると市内在住ネパール人は518人。人口規模ではベトナムの973人、フィリピンの545人に次ぐ第三位となっている。
 栃木市内中心部にある銀座レストラン&バーではメニューにはないダルバートを一皿500円で出している「現地系」。たまたま現地で知り合ったライ族の道先案内人がいたからありつけたもので、やや水っぽいダルがネパールの田舎のバス亭に併設された食堂の味を彷彿とさせる。良くも悪くもここまでローカルな味を出せるのも日本人客が意識外にある北関東のネパール店の特性の一つだろうか。料理は全てチェトリのオーナー手ずから作るものだったが、上階にパーティー・ルームがあったりして、他にも複数のスタッフが働いている規模。彼によると、元々栃木市内には日本語学校などもありネパール人学生も多かったが、ここ数年のビザ発給の厳格化にコロナが追い打ちをかけて激減したという。

 本店は小山市にあるネワリキッチンの支店が、栃木市のやや郊外にある。現在コロナでネパールに長期帰国中のオーナーに代わりここで働くサムジャナさんは珍しいライ族の女性コックで、「ネワリ」と看板にあるもののライ族らしい美味しいポークセクワを食べさせてくれる。コックビザ所持者の証ともいえるタンドールでついた火傷跡を照れながら見せてくれたサムジャナさんの旦那は日本に来て知り合ったシェルパ族だという。彼女によると、栃木には学生や難民申請者だけでなく技能実習生もいるという。栃木市の奥深さを物語る話だが、それでも国内のネパール人の技能実習生の総数は、2019年の統計でベトナム人の218,727人に大きく水を開けられ403人に留まる。ビザのカテゴリーによって極端に構成人口が異なるのが在留ネパール人の特徴でもある。


ネワリキッチンのサムジャナさん


 夜も更け、蛍光灯の薄暗い店内でそんなとりとめのない話題をサムジャナさんとしていると、ポークセクワと焼酎の味と相まって、あたかも東ネパールのダランやヒレといったライ族の町でふらりと入ったカジャガルで飲んでいるような不思議な感覚に襲われる。
(後略)

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 こんな感じで日本のインド料理店、ネパール料理店、インド・ネパール料理店について、日本にいるネパール人について、日本全国の北は北海道稚内から南は沖縄宮古島まで、小林さんでなければ書けないような内容の500ページ近い大作の書籍が『日本のインド・ネパール料理店』です。現在発売中ですので、よろしければぜひにです。ボリューム抜群、ガッツリ楽しめます。


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