第8話 蜘蛛の糸 緊急融資編
あっさじーんさんの手の震えを止めるため、我々三人は急いで診療所ZOOへ向かった。
ここへ来ると、彼の手の震えは必ず止まる。ただし脳の回転も少し止めてしまうのが難点だ。
店に入ると、彼はすぐに卓のほうへ駆け出した。
私は受付でケースを二つ預かり、すぐに自動卓を三麻設定に変更する。
早く遊戯を開始できるようにこういった雑用をするのも、当然介護士の仕事だ。
あさ 「マ、マイティですよね??」
私 「そうですね、今日はマイティにしましょうか」
積載量は30気持ちポイントとなった。
あっさじーんさんが勝てば、保留分も含めて、前回表明したお気持ちを全て回復して余りが出る。win-winだ。
今日はダウナーから入るのだろうか?
それともいきなりアッパーから入るのか?
私は気になった。彼はすぐに答えを示してくれた。
セット準備時とはうって変わり、あっさじーんさんは冷静さを取り戻していた。ダウナーだ。すでに手の震えもおさまっている。
「リーチです。」
彼は牌を横に曲げ、河にそっと置いた。
おそらくマイティ牌を持っていない待ちだ。
そこへ釈迦が追いかける。
かも 「オープンリーチ。待ちは西とピンズ全部。」
あっさじーんさんはツモ牌を確認すると「3pは?」と、このとき地球上で最も無駄であろう言葉を発した。
「3pはロンですね」
釈迦が答える。
タァン!!
あり得ない音とともに3pが放たれた。
かも 「ロン。四麻ならいんぱちかな。」
あさ 「灰」
私 「あさじんさん、悲しい気持ちはわかるけど、牌はメンコじゃないからね。」
あさ 「・・・・・・」
彼はダウナーの状態でティルトした。ミックス系だ。
私は (ほう、そういうのもあるのか) と感心した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
しばらくASJダウナーが続いたのち、彼に転機が訪れる。
あっさじーんさんからリーチがかかった。
「ウゥ・・・リーチです!」
白が1枚ありそうな雰囲気である。私が4pを切ると、すぐに声がかかった。
あさ 「あっ!!ロ!ロ!ロ!ロン!!ロン!!・・・やった!やった!!!ロン!!!」
彼は顔からマグマを吹き散らかしていた。
4pは一気通貫と平和のつくド高めだ。
私は放銃してすぐ彼の打点を数える。職務ですから。
私 「17点の一発赤赤裏で4枚だね」
あさ 「ふぅーっ!17点4枚DEATH!!まさか1発で出るとは・・・!」
普段はCM出演時の五郎丸選手ほどの感情しかこもっていないあさじんさんが、喜びを爆発させた。
彼があまりにも感情を爆発させたため、周りで卓を囲んでいた学生たちは手を止め、目を丸くしてあさじんさんに注目していた。この瞬間だけは彼は光り輝くスターであった。
私はとても嬉しかった。機械的な彼が、このマイティ東天紅というモンキーゲームで、赤子のように喜怒哀楽を取り戻しつつある。
将来的には介護施設や精神病院はこのゲームを導入すべきだと強く感じた。
なにより、私は心から祝福してお気持ちを表明できるし、あっさじーんさんは勝利の多幸感に満ちているだろう。釈迦は如来なのでどんな結果になろうと幸せだ。
私 「あさじんさん、いま楽しい?」
あさ 「ハイ、楽しいですね!」
もはや私とあさじんさんの間にアクリル板はなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
■お気持ち表明
私 「あさじんさんは-700ポイントだから、-21000気持ちポイントだね。」「かもしんさんは+5000気持ちポイントかな。」
彼は燦然と輝く星になった。
あさ 「あの・・・かもしんさん、”お気持ち”、融資をお願いしてもいいでしょうか。」
かも 「え、いいですよ」
カンダタは釣り糸にも蜘蛛の糸にも捕まり、つり輪のような状態になった。
しかし結局、私はこの日のお気持ちを表明していただくことは断った。融資されたお気持ちを全て事業につぎ込んでほしかったからだ。
あさ 「はぁ・・・でも融資していただいたので、精一杯がんばります。」
そう言うと、彼は駐車場へと去っていった。
まるで糸が切れて地獄に落ちていくカンダタを見ているようで、私の頬をつたう涙が止まることはなかった。
私 「10万円も貸しちゃって良かったの?笑」
かも 「どうでしょう? でも、もう10万円分は笑ったから、返ってこなくてもいいかな笑」
釈迦はどこまで言っても釈迦のままだった。見上げると、夜空には星が燦然と輝いていた。
(あの中にあさじんさんもいるのかな)
私はウォークマンに入れた中島みゆきの「糸」を流し、星を数えながら帰路についた。
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【 第9話 第三帝国 】