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神聖なロマンス -メンデルスゾーン『結婚行進曲(夏の夜の夢)』を巡る随想

 
  
【金曜日の音楽の投稿の代替です】
 
 
ポピュラーな名曲というのは、様々な偶然を経て有名になるものですが、同時に相応の理由があってそんな存在になるのだと思います。
 
「パパパパーン」の最初のトランペットで有名で、結婚式の定番BGMになっているメンデルスゾーンの『結婚行進曲』は、そんなポピュラーな、誰でも知っている旋律ですが、実は結構面白い構造の曲に思えます。






『結婚行進曲』は、19世紀の作曲家、メンデルスゾーンの組曲『夏の夜の夢』の中の一曲。この組曲は元々、シェイクスピアの同名戯曲からインスパイアされ、メンデルスゾーンが1826年、弱冠17歳の時に作曲した『夏の夜の夢 序曲』(作品21番)が元になっています。
 
その17年後、これを聞いたプロイセン王が感動し、メンデルスゾーンに続きを依頼。劇付随音楽『夏の夜の夢』(作品61番)が出来上がって、序曲と一緒に演奏されています。
 
『序曲』の方は、細かな弦の刻みから、パワフルでどこか神聖な弦の合奏で広がり、後に組曲にも使われる『武骨者の踊り』の堂々としてユーモラスな旋律を交える、17歳とは信じられない完成度の作品。

 



妖精と人間の交錯するシェイクスピアの原作喜劇の、明るい幻想味とぴったりと合っていると感じられます。
 
組曲はちょうど円熟期の作品で、劇の進行に緩く沿って、ビターに甘い『間奏曲』を挟みつつ、『夜想曲』のたおやかな旋律や、『結婚行進曲』の華やかさ、『スケルツォ』の細かく刻みつつ、おおらかな展開等、全体的に余裕としなやかさが感じられる構成です。



世代的にはロマン派真っ只中の人であり、ショパンのような歌心と、ワーグナー並みのオーケストレーションのうまさを持ちつつ、その二者よりも「やりすぎない」品のいいロマンチックさが、メンデルスゾーンの特徴と言っていいでしょう。
 
そういえば、noteやブログでも、メンデルスゾーンを取り上げる音楽好きの方を、意外と?見るのですが、感想は交響曲や協奏曲中心で『夏の夜の夢』はあまり見かけない気がします。
 
あのあまりにもポピュラーな曲について書くのはちょっと気恥ずかしいのか。でも、私は『結婚行進曲』も含めて、『夏の夜の夢』はメンデルスゾーンの魅力がいっぱいの名曲だと思っています。




ではなぜ、『結婚行進曲』は、ここまでポピュラーになったのか。改めて聞くと、色々と面白い曲です。



まずはちょっと厳かな、ヘンデルを思わせるバロック的なトランペットの連打。それが速くなって爆発すると、華麗な弦の旋律が流れ込み、ロマンチックな甘さがいっぱいに広がる。よくよく考えると結構強引に繋ぎ合わせているのに、そう聞こえないのは、メロディメーカーとしての天賦の才ゆえでしょう。
 
しかも、そのロマンチックな旋律は、繰り返すうちにこみあげてくるエモさも備えている。この曲は、1858年のプロイセン王子とイギリスの王女との結婚式で演奏され、好評を博してポピュラーになったと言われます。
 
しかし、王族の結婚式で演奏されたBGMなど星の数ほどあるわけで、この曲が19世紀から20世紀にかけて、一般庶民の結婚式でも演奏されたのは、曲自体に理由があると考えてよいでしょう。




例えば、クラシックの結婚式BGMではおそらくメンデルスゾーンの次にポピュラーなワーグナー『ローエングリン』の『婚礼の合唱』などは、厳粛な雰囲気が漂っており、ちょっと肩ひじ張った感がある。

 



メンデルスゾーンの『結婚行進曲』の場合、厳かさをすぐに裏返すように、華やかに盛り上がる。それが、19世紀の恋愛結婚を含む多くの民衆の「結婚」のイメージに、ぴったりとはまったのではないでしょうか。
 
王族による堅苦しい感じでなく、門出に立つ男女を祝福してみんなで盛り上がれるような力強さと、決して下品にならないゴージャス感が、ちょっとおめかしするハレの場に相応しい。その意味で、これは「神々の結婚」のような厳粛さではなく、19世紀以降の「市民」の気持ちを刺激するBGMです。
 
メンデルスゾーンのロマンチックな気質が、時代と共鳴したように思えるのです。勿論そこには、厳かになる必要のない、妖精と人間が戯れる喜劇の原作に基づいたため、リラックスした雰囲気になったという偶然の要素もあったのでしょう。


ジョン・シモンズによる『夏の夜の夢』挿画
ハーミアとライサンダーと妖精たち




フェリックス・メンデルスゾーンは1809年、ザクセン王国ライプツィヒ生まれ。裕福な銀行家の一家であり、幼い頃から音楽の才能を発揮し、両親も彼の才能を伸ばそうと、音楽家になることを支援していました。

9歳で初のコンサート、20歳にはバッハの『マタイ受難曲』を自らの指揮で再演。大好評を博し、バッハ再評価にもつながります。


フェリックス・メンデルスゾーン


ライプツィヒやベルリン等の楽団の指揮者になり、作曲活動を続け、イギリスにもたびたびコンサートに行きました。ライプツィヒに音楽院を開き、シューマンを招聘してと、教育活動も旺盛に続けています。
 
1847年、脳出血のため、弱冠38歳で死去。ちなみに彼の半年前に亡くなった姉のファニー・メンデルスゾーン・ヘンゼルも作曲家であり、近年作品が見直されています(noteでも紹介記事を書いている方がいらっしゃいます)。




『夏の夜の夢』は、色々と演奏も出ていますが、個人的には、歯切れ良く刻む古典的な演奏より、旋律をカンタービレで伸ばす演奏の方が好きです。いいと思ったのはクラウディオ・アバドがベルリン・フィルを指揮したもの。アバドの薄味だけど気品と歌心のある演奏が、曲の良さを引き立てています。
 



しかし、正規録音がないのですが、私が録音してほしかった人がいます。同じベルリン・フィルでも、帝王ヘルベルト・フォン・カラヤンです。
 
カラヤンは71年から73年にかけて、メンデルスゾーンの交響曲全集を録音しています。指揮者として丁度脂の乗り切った時期で、壮麗かつしなやかなベルリン・フィルの音を引き出し、しかも澄んだ美しい録音の、全て素晴らしい名演。なぜ一緒に『夏の夜の夢』も録音してくれなかったのだろう、と悔やまれます。
 
いやまあ悔やんでいるのは私だけかもしれませんが、それにしても、後年『アダージョ・カラヤン』なんていうポピュラー・クラシック・オムニバスを出しているくらいですから、『結婚行進曲』を録音するのが恥ずかしかったなんてことはなかったはずなのに、謎です。

 



余談ですが、私はカラヤンの資質が最も曲にはまっているのは、メンデルスゾーンとプッチーニだと思っています。

どちらも歌心に満ちたキャッチーな旋律があり、ゴージャスなオーケストレーションで包まれている。それゆえ、カラヤンのじっくり腰を落とした煌びやかな音響だと、美メロのうま味を堪能でき、しかもその背後の神聖さが滲み出てくるように感じるのです。
 
つまるところ、その二段構造こそが、メンデルスゾーンの本質でもあり、『結婚行進曲』が、未だにポピュラーな原因の一つなのでしょう。
 
あるいは、そんな神聖さに包まれた甘いロマンスこそが、人を結婚に導く、心地よい愛と言えるのかもしれません。
 
 
  


今回はここまで。
お読みいただきありがとうございます。
今日も明日も
読んでくださった皆さんにとって
善い一日でありますように。
次回のエッセイや作品で
またお会いしましょう。


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