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美しい人生をデザインする -ウィリアム・モリスの芸術を巡る随想
デザインとは、生活に密着したものであり、つまりは、万人に浸透するものであることを、何処かに宿しています。
ウィリアム・モリスが残したデザインは、そんな普遍性を持ちつつ、実は色々と変わったデザインのように思えます。
ウィリアム・モリスは1834年、ロンドン北部のエセックス生まれ。ロンドンの証券仲買人の息子として、恵まれた幼年期を過ごします。
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大学では後の中世趣味の礎になる古典を学び、建築事務所に勤めて後、1869年にモリス・マーシャル・フォークナー商会を共同設立。後のモリス商会になります。
タペストリーや壁紙、ステンドグラスや家具等の内装まで手掛ける総合デザイン会社であり、万人が中世のような美的な生活を送れるようなデザインを創造する工芸復興運動『アーツ&クラフツ運動』の始まりです。それは、ヴィクトリア朝の画家エヴァレット・ミレイやロセッティが試みた「ラファエル前派」の中世趣味の、更に先を行く運動でした。
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内装全体をモリスが手掛けた
もっとも、モリスが機械化を嫌い、職人仕事による手作業を好んだため、商会の商品はどれも高額になり、なかなか庶民に行き渡らなかったのは有名な話。
しかし、彼の死後、弟子たちが大量生産に成功し、また、多くの他の国でモリスに影響を受けて自国の民芸復興運動が起きたという意味でも、大きな成果を上げました。
モリスはそれだけにとどまらず、アイスランドを訪問して、神話「サガ」シリーズを英訳し、中世の叙事詩、中世社会に規範を求めた小説『ユートピアだより』といった小説でも活躍しています。
また資本主義を嫌い、後年マルクスを読んで社会主義にも傾倒。イギリスの初期社会主義の浸透に貢献しています。1896年62歳で死去しています。
モリスのデザインといえば、美しい蔓草模様のテキスタイル。
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ロンドン北部の裕福な家庭で育ち、美しい森の自然の中で過ごしていたモリスにとって、植物パターンの模様に囲まれることは憩いに満ちた時だったでしょう。
モリスはケルト系の血を引いており、どこか古代ケルト文字の、華麗な装飾や美術が混じっているように見えるのが興味深い。中世的でありつつ、明らかにキリスト教的な簡素なスタイルよりも、過剰で異教的な表現になっている。
つまり、モリスにとっての中世的なものは「昔に戻れ」という単純なものではない。あくまでそれは、ここではないどこか、ありえたかもしれないどこかであって、エキゾチックな場所であるのでしょう。
それゆえに彼は「ユートピア」という言葉を臆せず使うのでしょうし、そのデザインが今でもウィリアム・モリス風として通用しているのは、そうした普遍的な遠いエキゾチカと、近代的な清潔感への嗜好があるからのように思えます。
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それにしても、面白いタイプの人だと思います。
詩人であり、小説家であり、理論家であり、画家でもあり、勿論デザイナーでもある。美しい装飾の本を手掛けてもいます。
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中世の作家の全集を
バーン・ジョーンズとモリスが共同で手がけた豪華本
ただ、万能の天才という感はちょっと弱い。どの分野においても突出しているものがそこまでない感じが特に。
つまるところ、彼はコンセプターであるのでしょう。中世的な唐草模様からなる総体的な雰囲気を流通させるために、理論や物語、詩句で補強していくのであり、一つ一つの作品自体で批評はできない。
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テート美術館蔵
レオナルド・ダ・ヴィンチのような気まぐれな奇想の天才とは違う、中身は一貫した、蛇口が沢山あるタイプの革新者の一人と言えるのかもしれません。
ウィリアム・モリスと言えば、彼の妻ジェーンと、画家ロセッティの関係についても言及しておくべきでしょう。
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ジェーンとロセッティが知り合った頃は、ロセッティにも恋人エリザベス・シダルがいましたが、彼女はロセッティとの関係に悩み自殺。元々貧しい家庭の出だったジェーンは裕福なモリスと結婚しますが、その後、ジェーンとロセッティは急速に接近。
しかし、ウィリアムは、ラファエル前派に影響を受け、大親友のバーン・ジョーンズと共にロセッティの崇拝者でもあります。彼は悩み抜き、なんとロセッティと妻の情事のために、夏の間別荘を提供。ロセッティは、ジェーンがモデルとすぐにわかるような絵を次々に手掛け、当然ながらヴィクトリア朝の一大スキャンダルになりました。
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テート美術館蔵
モデルはジェーン。
プロセルピナは、ローマ神話の豊饒の女神の娘で、
冥界の神プルートーに連れされられて
冥界でザクロを食べてしまったために
春から夏は地上に、秋から冬は冥界にいる女神。
ロセッティは勿論その背景を知って描いている。
しかし、ウィリアムはジェーンと別れることなく、結局のところずっと添い遂げることとなります。この行動について、色々と意見はあることでしょう。
ただ、彼の作品は、彼のそうした行動を含めた生き方そのものに関わってくることだ、というのは少なくとも言えるかと思います。
ユートピアを夢想する人というのは、決して聖人君子ではありません。多くの矛盾を抱え、自分が壊れそうになりながら、それでも理想が必要だから、新しい何かを創り出そうとする。満ち足りた人の夢想は、結局のところ残っていかないのは、歴史が証明しているように思えます。
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美というものは、「こんな現実じゃない、自分にとっての理想があるんだ」という強大な負のエネルギーをプラスに転換するからこそ、創造できるとも言える。
あるいは彼の草木のデザインとは、ロセッティのような爛れた男女間の関係が漏れ出る退廃的な絵画をどこか浄化するような、彼にとってのユートピアの扉だったのかもしれません。
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モリス死後の1915年頃のモリス商会製作
モリスが傾倒した、マルクスを始めとする社会主義については、今になってはかなりの部分、検証が必要でしょう。勿論、その原典に戻っていくことや、有効な部分を指摘することは大切なことです。ただ、それが意図せずにもたらした負の遺産を含めて、20世紀にどのような影響を与えたか、冷静に見つめ直す必要はあるように思えます。
思想というものは、堅固で永遠に続くように思えて、そうではない。美と同様に、それを信じていた人が亡くなれば、どこかで消えたり色褪せたりするものです。
モリスの手掛けた美が今でも残っているのは、彼の思想や理論と別に、多くの人にとっての心の中でこんなものに触れたい、囲まれたい感情に直接触れるものだったからでしょう。
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壁紙の部屋
早急な変革は叶わなかったけど、徐々に浸透し、モリスが夢見た美は、今でも私たちの生活を彩り続けているように思えるのです。
今回はここまで。
お読みいただきありがとうございます。
今日も明日も
読んでくださった皆さんにとって
善い一日でありますように。
次回のエッセイや作品で
またお会いしましょう。
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