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【創作】夜の送迎車で【スナップショット】

 
 
先生、今日もありがとうございました
娘は志望校に
受かりそうでしょうか
 
ええ、このままいけば大丈夫だと
思いますよ
 
学校の先生からも
だいぶ成績が上がってきていると
褒められたみたいです
本当に先生のお陰です
 
いえいえ、彼女の元々の力です
 
本当に一時はどうなるかと
ずっとずっと心配で
先生には本当に感謝しかありません
一体どういう魔法を使ったのでしょう
 
魔法なんてありませんと
言いたいところですが
そうですね、強いてあげるとすれば
彼女の話を聞いたことです
 
話を聞く?
教えるではなくてですか
 
ええ、私は話を聞いて
彼女が喋りたい方向性をうかがう
彼女は喋るうちに
ある瞬間
自分が進まなければいけない方向を
自分の頭で理解する
そうすればひとりでにいい方向に進む
自転車を支えられながら
漕いでいた子供が
一度漕ぎ方を掴んだら
補助なしに
自由に漕げるようなものです
 
ああ、すごくわかります
 
ところで受験生というものは
本人以上に
親御さんが重要になってくる
場合があります
奥様にいくつか立ち入った質問を
したいのですが
 
恥ずかしいです
 
予備校には行かせてあげないのですか
 
その、色々と問題があるのです
言うと自慢に
聞こえてしまうかもしれないのですが
 
分かりますよ
桁外れのお金は人を狂わせ
人の人生を変える
誰もが知る会社の会長のご一家で
こんな豪華なリムジンを
お持ちなのだから
 
あの子は籠の中の鳥のようだと
思っています
 
そうかもしれない
でも、それであればなおさら
彼女の話を聞いてあげることです
人が本当に孤独になるのは
周りに人がいない時ではない
傍にたくさん人がいても
誰も自分の話を聞いてくれない時です
私は強くそう思いますよ
 
先生も、そんな孤独な瞬間が?
 
いつも感じていますね
 
でも、何人も素晴らしい教え子さんを
お持ちなのでしょう
 
儚いものですよ、教師というのは
教え子が卒業するする度に思う
ああ、また自分が築き上げたものが
消えていく
また自分は取り残されるのだと
タイムマシンに強制的に放り込まれ
ループするかのように
毎年同じことを繰り返すのだと
やりきれなくなることが
よくありますね
 
でも、野球の偉い監督が
真の一流とは人を残す監督だって
言っていました
あなたも人を残す立派な職業では
ないですか
 
そう、それはその監督のように
偉大なチームや組織に
属している場合ですね
組織が個人の業績を
積み上げた証となってくれるからです
ところが私ははぐれ者の
個別契約の家庭教師です
就活で失敗してそのままずるずると
自分の生活のために
割のいいアルバイトを続け
会社や組織に属するのも苦手だったから
そのままこの職から
抜けられなくなってしまった
勿論、私のようなダメ教師は例外ですよ
多くの教師は、理想に燃えて子供たちを
指導しているものですからね
でも私はずっと自分自身がこうやって
生きていることに違和感がある
 
ふふ、面白いですね
実は私も就職に失敗したんです
 
ほう、それは仲間ですね
 
ええ、それで私も生活に困って
その、まあ、アルバイトをしていたら
今の主人と出会ったんです
それで結婚した
年齢が離れていますでしょう
 
奥様はとてもお若くお美しいです
 
それが私がここにいる理由です
ええ、分かっているんです
私は要領が悪くて
会社勤めには向いていなかったでしょう
でも
こんな風じゃない生き方も
あったんじゃないかってよく思います
 
例えば会社で
同僚と一緒に何かを成し遂げたり?
 
ええ、色々な人と関わりながら
自分の力で歩く
でも、ここではそれは不可能です
ほら、主人はあのような人間ですから
だから、私は
お金で苦労している人よりも
自分は豪華な暮らしをしているのだと
思い込んで、忘れようとするんです
 
だけど、私にこうやって話すこと自体
忘れられないことを
表しています
 
あら、こんな風に喋ってしまうなんて
先生は本当におじょうずなのですね
 
そうかもしれませんね
こうやってお互い本当の気持ちを話して
相手の話を否定せずに聞けば
大抵の人は心を開いてくれるものです
あと私は
まあこれでも人並み以上に
人と会っているので
自分の波長が同じ人は
大体勘で分かる
奥様もあの子も
私と同じ波長を持っている
きっと世間からはぐれてしまって
籠の中でもがいている鳥です
だから、あの子が籠を出て飛べるように
私は最後まで力を尽くしますよ
 
私たちみたいに
失敗しないように、ね?
 
ええ、そうです













(終)


※【スナップショット】では
ワンシチュエーションでの
短いダイアローグや詩を
不定期に載せていきます。

※過去の「スナップショット」置き場



今回はここまで。
お読みいただきありがとうございます。
今日も明日も
読んでくださった皆さんにとって
善い一日でありますように。
次回のエッセイや作品で
またお会いしましょう。


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