【創作】早朝のカフェで【スナップショット】
こちら、隣いいですか
ええ、どうぞ
おおっと、大丈夫?
すみません
ちょっと足元が
今までクラブに?
ええ
一晩中踊っていた顔ですね
はい
初めて行ったんです
頭がふわふわして
何だか変なことを言いそうだ
楽しかった?
はい
友達と一緒に
ずっと喋って飲んで踊っていた
凄くお洒落ですね
もしかしてデザイナーさんですか
目指していたこともありましたよ
あなたはここで?
始発を待っているの
夜通しお仕事でしたか?
そんなことをしたのは昔の話ね
ずっと街を歩いていた
なぜ?
今日が私の
この街での最後の日だから
夜通し街を歩いて
懐かしい空気を吸っていた
もう30年もこの街にいたから
何か事情が?
聞いてもいいですか
いいですよ
でも、ありきたりな話
私はずっとこの街で働いて
独立してお店も持ったけど
それほどうまくはいかなくて
売り払って
故郷の田舎に帰ることを決めた
故郷ではまあ仕事はあるから
お辛いですか?
ごめんなさい
こんなことを聞いてしまって
いいえ、大丈夫よ
そうね、そんなに辛くはないの
あなたは今この都会の夜を味わって
こんな魅力的な場所なんてないと
感じているんでしょ
若いからね
ここは世界一の場所だって
ええ
そうです
ここは僕の街で
僕は自分の夜を所有したのだと
僕は一晩中歩いても飽きない
クラブだって楽しいけど
イルミネーションや
雑踏の人々の中を歩くだけでも
満足
ああ、そうです
ずっとこの甘い夜を感じていたい
夜を飲み干したいと
ああ、まったくそうです
まさにあなたの言葉通り
私も体験したからね
とてもよく分かるよ
それでもこの街を離れるのは
辛くない?
ええ
多分もう私は十分味わったの
若い頃は騒ぐことは重要じゃなかった
お金を稼ぐことも有名になることも
必要なかった
ただこの街で生きることが全てだった
眠れない時
私は夜通しこの街を歩いていた
昨日の夜、本当に久々に歩いて
私がかつて好きだった
輝いていた街はなくなったと
気づいたの
それほど変わったのですか?
そうね、街の外観は
実は言う程変わっていない気がする
でも、私自身が変わったのだと思う
私を夢中にさせる趣味
手に入れたかったもの
信頼できる友人、恋人
私自身の可能性
こうしたものがなくなったから
街はもう輝かなくなった
多分今のあなたには
私が感じるのとは
違う輝きを帯びて
この街が見えているのでしょう
誰にでも
自分にとってのいい時代がある
同じ時代でも人によって
違う風に感じるものね
多分
あなたはまだ輝けますよ
失礼ですがとてもお若く見えます
また故郷でお店を開けばいい
何度でも挑戦できるはずです
ありがとう
そうね、そうするかもしれない
でも、心のどこかで
私にとっての良い時代が終わったことを
感じている
不思議と、安らかな気持ちなの
若い頃は、自分のこの最高の時が
黄金の時がいつか終わることが
怖かった
でも、今自分にとって
価値のあるものが消えて
かつて大切だったものが
なくなっていくのを
落ち着いて見ている自分がいる
きっと私はちゃんと生きたから
後悔をしていないから
そんな風に失ったことを
受け容れられるように
なったんだと思う
僕はきっとまだ怖い
ええ
当然よ
若者の特権だから
その怖さを振り払うように
駆け抜ければいい
何が得られるかは問題じゃない
この街で
自分が本当に居たいと思える場所にいて
夢中に時を過ごすことが肝心
私が19歳でこの街に出てきたとき
この街は一人ぼっちの私を
確かに包み込んでくれて
私は本当の居場所を見つけたと直感した
その直感は間違っていなかった
多分夢みた未来とは違ったけど
幸福な記憶と
私自身の人生をくれた
あなたもその人生を掴んで
ええ、そうします
ありがとう
そろそろ電車の時間だわ
話せてすっきりした
最後にあなたと話せてよかった
僕のような他人で良かったのですか
ええ、勿論
だって、こんな予想もできない
楽しい出会いがあるのが
この街の魅力なのだから
(終)
※【スナップショット】では
ワンシチュエーションでの
短いダイアローグや詩を
不定期に載せていきます。
※過去の「スナップショット」置き場
今回はここまで。
お読みいただきありがとうございます。
今日も明日も
読んでくださった皆さんにとって
善い一日でありますように。
次回のエッセイや作品で
またお会いしましょう。
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