卒業論文をやり直す会|2022年8月
8月のミーティングもお休みだったので、浅野の進捗発表のみとさせていただきます。夏は忙しい季節(?)ですからね。
9月は開催予定ですので、お楽しみに!
進捗発表
あさの|ルネ・ラリック つむじ風
現在は、章立てをもとに、書けるところから執筆を開始しています。
美術史研究において、最初に行う作業がディスクリプションです。
ディスクリプションとは、作品の詳細を叙述・説明することを言います。私は「実際に作品をみていない人にも、どのような作品かわかるように説明する」と教わりました。
何が描かれているのか、どのような筆致や構図なのか。どのような大きさや形か。素材や技法は何か。研究対象となる作品を隅々まで観察して言語化することで、把握していきます。ディスクリプションを行うことで、ただ鑑賞するだけでは気付きにくい細部にまで目を行き届かせることができるのです。
この初手にして重要なディスクリプション。研究を進めるうちに蔑ろになったり、再びやってみると新しいものがみえてきたりします。
高橋由一《鮭》然り、カクテルパーティー効果然り、人間は知覚で捉えた情報を脳で処理するとき、無意識のうちに優先順位をつけているのです。
今回は、ディスクリプションを含む「第2章 作品紹介」の部分をお見せします。
※現段階での文章なので、これから修正や加筆が入る可能性があります。
第2章 作品紹介
第1節 ディスクリプション
《つむじ風》は、壺型のガラス製花瓶である。高さは20.3cm。口は肉厚で胴径と同じくらい広く、肩が少々張ってはいるが胴の膨らみはなく、下部に向かってわずかに窄まり、やや小さめの高台がついている。胴には棘のついた螺旋状の模様が、浮き彫りのように造形されている。その表現には、渦を巻く風のエネルギー、切り裂くような風の鋭さや力強さを感じさせる。模様は細く鋭利であるが、やや鈍い角度の台形で立ち上がり、肉厚である。その凹凸は、指で挟めそうなほどに深い。凸面には黒いエナメル彩が施され、凹面はシール・ペルデュ(蝋型鋳造法)で制作したような細かい凹凸がみられる。黒の彩色と凹面の乱反射も相まって、金属を思わせる硬質さがある。
第2節 本作について
本作は、1926年11月「現代フランス工芸家グループ展」で発表された。素材にドゥミ・クリスタル(セミ・クリスタル)を採用し、高圧の圧縮空気を用いた機械吹きプレス成形により制作された。
ドゥミ・クリスタルはラリックが開発したもので、一般的なクリスタル・ガラスよりも鉛の含有量が少ないため、表面の仕上げや加工が容易で比較的安価なことから、大量生産に向いている。(註)圧縮空気を用いた機械によるプレス成形は、1902年にアメリカで発明された方法である。均一な厚みのガラスを短時間で成形できるが、本作は肉厚で彫りの深い造形のため、3昼夜の徐冷期間が必要となった。
全体のデザインは、娘シュザンヌのアイディアを元にラリックがアレンジしたものとされている。本作のタイトルは、日本では《つむじ風》、海外では《Tourbillons》(フランス語で渦、疾風の意)であるが、ラリック社のウェブサイトには「movement of the fern blossom(シダの花〈の動き〉)」(註)をモチーフにしたと記述がある。同じく《つむじ風》とつけられたホヤ(ランプの光源を覆う部分)の作品(1919年)では、幾つもの細い筋が走り、渦巻くように描写され、明らかに風の流れを表現している。以上のことから、本作は「シダがつむじ風に揺れている様子」を表していると言えよう。
同じ金型を用いて複数のカラーバリエーションが制作されているが、色ガラス版は、凸面はなめらかで透明な表面になっており、凹面はつや消し加工が施されている。凸面に黒いエナメル彩、凹面に細かい凹凸がみられるのは、透明ガラス版のみである。
今後の課題
今後は、現段階で書けるところまで描き進めた後、他の作家との比較に入ります。
取り上げる作例は、前時代のアール・ヌーヴォーを代表する作家エミール・ガレ、アール・ヌーヴォーからアール・デコにかけて作風の転換を図ったドーム、個人作家が芸術作品として制作した無色透明ガラスの作品を考えています。
さらに同時期のラリック作品で、植物を抽象化したモチーフでプレス成形のものと比較すると、より独自性がみえてくるでしょう。
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