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個展【Op. 20a】”言葉”の削ぎ方

個展【op. 20a】会期残り少なくなってまいりました。たくさんの方にご来場いただき、ありがとうございます!
とても励みになります!


実は今回の展示で大きく変化したことは
パネルの数です。

昨年の課題展ではレポートの展示を行ったので、この点については別件と捉えていたので除外しますが、ここ近年で個展を開催させていただくたびに
答えを出せていなかったのがパネル、つまり「言葉の多さ」です。

作品説明であったり、テーマ説明であったり
私の個展では多くのパネルが貼り出されてきました。

私はこれを醜悪に感じるようになっていました。

もちろん、美術館等でテキスト(パネル)があることが会期のヒントとなるので本当に学芸員さん達の解説があることに、感謝しております。
言葉の選び方など、参考にさせていただいているので、なくなったら困る!
また作品になくてはならない言葉があることを知れるのは、作品の奥深さを知れるのでこれまたありがたくお心いただいております。

ある日、当たり前のようにいつも言葉を綴ってパネルにして‥
でも突然、気がつくのです。




私は私の作品への批評を恐れていたのだと。

必要であれば在廊するのだから口頭で説明すればいい。(まだハスキーボイスですが‥しかもこんな声の解説であるのにみなさん耳を傾けてくださって本当にありがたや)

パネルで解説はあまりにも一方的すぎる。

それも一つの表現ではあるとは思いますが、一方的すぎる。

そこから私は言葉で作品を誤魔化すのを嫌悪するようになってしまいました。

しかし、これまでそれが正解と信じ、綴ってまいりましたので急にパネルを減らすとなると、ついオドオド‥となるかと予想していたら存外、自分の中であっさりでした。

その理由はなんだろう?と思っていたのですが本日、ご高覧くださって、いつもお世話になっている友人にウブドでの生活を話していて
こだわりもプライドも切り捨てざる終えなかったウブドでの生活が、このパネル切り捨てへの淡白さを準備してくれたのだとわかったような気がします。

なにより言葉が全く通じない場所にいって、私がどう意思疎通をとろうとしたのか。そして、作品【narrative】が”言葉の向こう側”にいけたこと、それらが私に言葉(パネル)への未練をすっかりきれいさっぱりにしてくれたのだと感じております。

ただイディオムを楽しむ質ですので、言葉を全排除ということは選択はありません。もしかしたらまたパネルを増やすかもしれない。

私は言葉遣いが主となる商売道具ではないので(この言い方も語弊がでそうですが)個展の時はシンプルに心象をみていただきたいというわがままな希望もあることから、多分‥数年はパネルを極力、遠ざけます。

確定はしません。流動的であることが自分の本来の自由をつくると感じておりますので明日、目が覚めたらまた変わるかも。卑怯で結構。卑怯な自分も楽しみます。

そして、これはあくまで”個展”の言葉(パネル)であることを前提としていただけたら。

私は、芸術文化学科であり卒業後も”言葉”と一生を共にしていくのでしょうから。

そんなわけで
24日まで開催しております。
ぜひご高覧いただけましたら幸甚です。

多分、最終日までハスキーボイスなのですが何卒お許しください。


ARISA MITSUI個展【Op. 20a】

会期 2024年11月16日〜11月24日
会場 金座ボタニカ
住所 静岡県静岡市葵区研屋町25
開催時間 13:00〜18:00
休廊日 無









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