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第一章 言葉 『現文十五の階段』

コトバについて話します。

コトバとは記号です。記号とは、我われの世界に存在する個々のモノを区別、区分するための装置です。これを「世界分節の差異化」とよびます。

分節とは、ものの見方そのもののことですね。ある人は「丸だよ」といい、ある人は「いや、長方形だよ」といいます。おんなじものを見ていても分節の仕方でちがってみえるわけです。答えは、茶筒です。上から見れば円形ですが、横から見れば四角形です。

アフリカのある民族は、飼っている牛の模様にすべて名前をつけているそうです。そうしないと、じぶんの家の牛かどうかがわからなくなるからです。これが「分節の差異化」です。

この世界分節の差異化が記号の本質で、そこに「コード」という概念をいれると、記号の読み方が変わるわけです。
「十」という記号に、漢字のコードを代入すれば「じゅう」になり、算数のコードなら「たす」、数学なら「プラス」、宗教的コードなら、さしあたり「十字架」でしょうか。

ところで、わたしの教え子に看護婦のタマゴがいます。このあいだ会ったら、ひだりの腕がまっくろです。「どうしたの」と訊くと「先輩の看護婦さんに注射のしかたをおそわったんです。ほら、ここに打つと痛いでしょ、ここは痛くないでしょって」「ふーん、いまの時代、そんな教え方なんだ」とびっくりしましたが、これをわたしの主治医に話すと「え。それただのいじめだよ。外に知られたら犯罪になるよ」と言われました。そうなんです。彼女は、先輩のいじめを「教え」というコードを代入していたから「ありがとうございました」なんて言っていたんですね。記号のコードの代入を入れ間違うとたいへんなことになります。

さて、そのコトバですが、人の暮らしに欠かせないこの道具は、じつはひじょうにやっかいで、そのひとつとして、じぶんのおもったことを過不足なく語ることができない、という性格をもっています

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