二十九、三十
来月で30歳になる。節目を前にして働き方や生き方に悩むことが増えている。そんな最近の記録を残す。
友人Yと社会の話
仕事はもういいかなと思って。辞めちゃったんだよね。大丈夫なのかな。30にもなるのに。
知人の制作ユニットが開くオープンスタジオに足を運んだ。印刷団地の一角にある廃工場には、木が材料になるまでの工程とそこに横たわる問題についての、取材や実験を通して得た気づきがまとめられている。
社会的な事柄こそ誰もに身近な物事だから、特別な話としてではなく雑談のひとネタとして気軽に扱われてほしいと、ひと通り解説をしてくれたあとにユニットの一員である友人Yが口にした。
足を運び手に触れ肌で感じることでわかろうと試みる姿勢と、出会う人ひとり一人に正面から向き合い関係を築いていく誠実なたくましさに、まばゆさを覚えた。
たしかにこうやって他者とつながりを紡ぎつづけられるなら、会社に勤めて給料をもらうという形態にこだわらずとも、社会の循環の中に身を置けそうに思える。
その実彼は今、会社を辞めて東京から離れ、かつて付き合いがあった人の家に居候をしながら、フリーランスでのたまの仕事とユニットの活動でもって日々を送っているらしい。
自分がやりたいけどやれずにいることをやってのけている誰かを見ると、羨む気持ちが湧いてくる。
赤く荒れた指をすり合わせながら後ろめたそうに言葉をこぼす彼の姿を見て、その胸に沈んでいるだろう不安や心配の存在に気づきこそしたが、それでも身勝手な想いが込み上がるのは止められなかった。
五美大展とわかりやすさの話
国立新美術館で五美大展を観てほっとする。わかりにくいものを生む人がいて安心する。
言葉にできないなら考えていないのと同じ、伝わらないなら伝えていないのと同じ、意味がわからないなら存在がないのと同じ。
そんな考えのもと、論理的で協調的なコミュニケーションのための道具としての言葉の生産と消費を繰り返しているうち、こんなことがしたかったわけじゃないのにこんなことしかできなくなっていくような気がして、怖い。
わかりやすい言葉になんかするから、あったかもしれないものまで無かったことになるのに、それでしかなくなったそれをそうしたのは紛れもなく私で、そう気づくたび犯した罪に愕然とする。
理に適うことをよしとして、そればかり効率よく生み出す過程に命をつぎ込んでいる事態に疑問さえ抱かなければ、もっと楽に生きられたのか。
友人Tとクリープハイプの話
掛け持ちのバイトで日銭を稼ぎながら音楽活動をしている友人Tが、サラリーマンってどんなことするの、と言うから、たいしたことしてないよ、と先輩Yと口を揃えた。
だとしてもやっぱり俺には向いてなさそう。だってきっと続かないし。音楽にしかやる気持てないから。
フレンチトーストを食べ終えコーヒーで喉を潤しながら話す彼を見る私の表情には、きっと憧れが滲んでいた。
自分がやる理由が見当たらないことに時間や労力を捧げている状態への違和感に真正面から向き合える人が多くはない中で、彼は周囲の声に抗いながら自らの選択に腹を括っている。
苦労は多くとも悔いが少ない道を歩んでいそうだとは、はたから見て感じるところだ。
私だってそうありたかったんじゃないのか。こういう話をする都度、思い出すように揺れている。
惰性的な選択の末に今を過ごしている事実を、食卓にことんと皿を置かれるがごとく突きつけられる頻度が増している。
やりたいことができる環境は探せば意外と世の中に転がっていて、だけど今得ているものを手放してまで新たな場所に赴く勇気があとちょっと足りない。
人はよりよくなるために変化を起こすよりも少しくらい不満があったとて現状を維持するほうを望むらしいけれど、そんなに守らないといけないもので溢れた日々だっただろうか。
再開発が進む渋谷駅を仮囲いの合間を縫って通り抜ける。喫煙所の前で2人と別れて山手線に乗り込んだ。
耳元でクリープハイプが歌っている。30にもなって。もう30なのに。枕詞めいた言い回しをよく聞く。自分の内からも他人の口からも。