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三度目の救世主
とんかつ作るぞー!
イイ感じにお安く手に入れたとんかつ用のお肉を前に意気込んだワタシ。その足元には、土俵入りの力士が撒いたんじゃなかろうかと思うほどのパンの粉が散らばっていた。
ーーー
あれは数十分前の事。
ワタシは冷凍庫から取り出したカチカチの食パンを、ゴリゴリとおろし金ですりおろしていた。
冷たさで真っ赤になったワタシの右手。
冷たいを通り越して痛みが走るワタシの右手。
冷たくないはずの中指第一関節、第二関節外側に血がにじんでいるワタシの右手。
ああ、右手。
パン粉を買い忘れたワタシ。
猶予が二日もあったのに、『まとめ買いをしたすぐ後に買い物に行くのは負け!』とよくわからないこだわりを発動したワタシ。
冷凍庫に食パンが入っているから、買い物に行かなくても大丈夫!勝利!と勝どきを上げたワタシ。
そんなワタシの罪を一挙に償わされているワタシの右手が救いを求め、その声を見えない誰かが受け止めてくれたのだろう。
ふとワタシは食器棚の中に十数年前にオカンからもらった『アレ』があることを思い出した。
その名も『ブンブンチョッパー』
食材を容器に入れ、紐を引っ張ってぶーんぶーんとしているうちに食材がみじん切りにされてしまうというあの秘密兵器である。
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包丁で刻むほうが早いし洗い物も少ないし……と一度使ったっきり食器棚の奥に押しやられていたけれど、今、この瞬間こそカレの出番じゃなかろうか!!
ワタシは急いでブンブンチョッパーを食器棚の奥深くから救出するとしっかりと洗い、パンが水分を吸い込まないようにこれでもかと拭き上げた。
ほぼ新品だからなのか。右手の救世主として降臨したからなのか。
赤い蓋のブンブンチョッパーはとても眩しく見えた。(ただ単に派手な色だったからともいう)
そんなブンブンチョッパーにある程度砕いた食パンを放り込み、しっかりとフタを閉める。
さぁ、いざゆかん
ワタシは思いっきり紐を引っ張った。
ブーンブーン
リズミカルにブンブンすると、向こうの部屋でテレワークしてる家人の邪魔になるかなぁ。
なんてことを思いながら、ブンブンしはじめたワタシ。
しかし脳内のワタシの動きとは裏腹に、現実世界のワタシの手元ではブンブンどころか、紐を最後まで引っ張りだすことすらできていなかった。
マジか。
状況を確かめようと容器の中を覗き込んだワタシは思わずそう呟いた。
だってそこには『つーかまーえたっ☆』とばかりに、しっかりとブンブンチョッパーの刃を抱き込んでいる冷凍食パンの姿が見えたのだから。
いやいや。救世主。もっと頑張ってくれよ。
ワタシはこれでもかと食パンに絡みつかれているブンブンチョッパーの刃を叱咤激励しながらエアコンの温風が一番当たる席へと移動した。食パンが解けるスピードよりも顔面が乾燥する速さの方が早い……これはカサカサのワタシにはなんとも厳しい仕打ちである。
救世主よ。
顔面も右手と同一人物なのですよ。
なんてあっちの世界に半分トリップしながら待つこと数分。もういいだろうと台所に戻ったワタシは思いっきり紐を引いた。
ブーン
どうやら食パンの重過ぎる愛からブンブンチョッパーの刃は逃れられた模様。これはいい。
ブーンブーン
おを、楽しいではないか。
ブーンブーンブーン
ブンブンチョッパーのおかげで、凍っていたパンの塊は綺麗なパン粉へと変身を遂げた。
ああ。救世主。先ほどは失礼いたしました。なんてことを頭の中で呟きながら、ワタシはちぎった第二陣の食パンたちをブンブンチョッパーに投入した。
いざゆかん!
ブ……
第二陣は少し入れすぎたのだろうか。救世主は第二陣との戦闘に少し苦戦しているようだ。でも、パンをちぎった感触から行くと、第二陣は第一陣より解凍は進んでいたはず。だからいける。
いけるっス!
ワタシは思いっきり紐を引っ張った。
ブーン
よし。大丈夫そう。この調子でいきますぞブンブンチョッパー!
ブーンブーンブーン……
段々と手ごたえが軽くなってきた。よし、もうそろそろ完成……
と思ったその瞬間、負傷とは無縁なはずのワタシの左手が反旗を翻した。
傷を負い、痛みの渦中であるにもかかわらず闘い続けた右手をいとも簡単に裏切った左手は、救世主をあろうことか床へと投げつけた。いや、正しくは左手のホールドが外れ、右手の紐を引くチカラによってブンブンチョッパーは空を舞ったのだった。
宙を舞い、床に叩きつけられたブンブンチョッパーの蓋は外れ、刃は吹っ飛び、そしてかなり細かい状態にまでしてくれた食パンの粉をすべて吐き出した。
『すまない……もう限界だ……』
ワタシの頭の中にブンブンチョッパーの声が聞こえたような気がした。
その後、救世主の姿を見たものはいない。
3度目の救世主復活の日はくるのだろうか。
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