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倫理観とはいかに脆弱か。

もっと更新頻度を上げたいな、と思ってます。あぷりこっとです。
エイティシックスというアニメを見ました。


サンマグノリア共和国。そこは日々、隣国の無人兵器による侵略を受けていた。しかし共和国側も同型兵器の開発に成功し、人的犠牲を出すことなく、国民は平穏に暮らしていた。
そう。表向きは。
共和国全85区画の外。〈存在しない"第86区"〉。そこでは、有色人種を人間と見做さない差別思想によって、豚の烙印を押された少年少女たちが日夜〈有人の無人機に〉搭乗させられていた。

と、あらすじはこんな感じ。戦争や生きること、といった重いテーマを扱っています。胸が苦しくなる場面も多いです。

この作品の22話、23話は、「アニメ史上最高の最終話」「伝説のラスト」と言われています。親友の1番好きな作品ということで、全てのテストが終了し、心に余裕が出来た、週末にようやく視聴しました✌️

私の個人的な評価は、10000/10。
久方ぶりに素敵な作品に出会えました。
余韻で、86のことばかり考えているので。感じたことを視覚化したら、この呪縛から逃れられるのではないかと、今こうして文章を綴っています。



豚に人権を与えぬことを非道と謗られた国家はない。
故に、言葉の違う誰かを、色の違う誰かを、祖先の違う誰かを人の形をした豚と定義したならば、その者達への抑圧も迫害も虐殺も、人倫を損なう非道ではない。

回顧録

この作品を通じて、作者は、私達に様々な事を問いかけてきますが、私が何よりも考えさせられたのは倫理観について。

「なぜ人を殺したらいけないの?」

この質問に明白な回答を提示できる人間がどれほどいるのでしょうか。
少なくとも私は、弟にこう尋ねられた時、正しく答えを伝えられる自信がありません。


私達が受けてきた教育は「なぜどうして」を探求する機会が、非常に少ないです。
小学生の時、私は何の反骨心も持たず、1+1=2であると信じ、教科書に載っていることは全て事実であると信じて疑わず、勉強していました。
それが間違っている、という話ではありません。実際に、教科書には私達が学ぶべき、学術的に正しいと証明されているものが載っています。

しかし同時に私達は、その教育にはバイアスがかかっているということを念頭に置いておく必要があります。

東京大学の「日韓の歴史教科書の日本軍〈慰安婦〉記述と相互理解」という、最近読んだ論文によると、

日本の歴史教科書において、「慰安婦制度」の成立の背景や実態などの歴史的な事実としてより、戦後補償問題として詳しく説明されている、また、韓国ではその評価が低い「女性のためのアジア国民平和基金」の設立と、首相の「謝罪」の手紙を高く評価していた。(尚、韓国では非難の対象)

また慰安婦問題に関する記述は年々その数を減らしています。対して韓国は、特別授業を設けて、この慰安婦問題に関して学ぶのだとか。


ISAKで、人文科学の授業を受けていると、そういう歴史的事実に関する解釈の違いが感じられるので驚きの連続です。人文科学、大好き。

特に倫理観は、ピタゴラスの定理のように、証明できるものじゃない。もっと漠然としていて、より曖昧で脆いものです。
だからこそ、教わった事を鵜呑みにしてはいけません。

道徳の授業でいじめはダメだと、散々言われてきたけど、じゃあ何でダメなんだろう。

「捕まっちゃうからダメだって、教わった」
「ダメだからダメ」

そんな脆弱な思考では、いずれエイティシックスの彼らのようになってしまう。なぜ戦争がダメなのか、思考を放棄してはいけない。
考え続けなければ。

そう強く思いました。



漫画とは違って、補足説明を文章で入れることができないアニメは、通例、モノローグやキャラクターの独白(心の声)等を通じて、説明を加えます。

しかしこの作品は、敢えてそれらを一切使わず、「対比表現」や暗喩、伏線、音楽、キャラの表情、声色だけで魅せてきます。
感動もひとしおです。

最終話が本当に本当に素晴らしかった、人生イチ感動した。
名作たる所以。
騙されたと思って、見て欲しいです。


普段とは雰囲気の違うブログでしたが、ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
皆様の毎日が穏やかな幸せで満ち溢れますように。


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