大切だとか、どうでもいいだとか。
あっという間に、夏が終わろうとしている。
2年ぶりに行動制限のない夏を迎えたというのに、思い返してみれば今年は、それほど夏らしいことをしなかったかもしれないなと思う。
街が花火大会で賑わいを見せるなか、私はドンッ、ドンッと打ち上がる花火の音を部屋のなかで聞きながら、外の世界の賑わいなどなかったことにするかのように徐にイヤフォンを耳にいれた。
いつもと変わらないプレイリスト。HANABIの歌詞がなんだか妙に心に響いて、何度も何度も再生を繰り返した。
他人の気持ちを理解することは簡単なことではないけれど、自分の気持ちを理解することだって案外簡単なことではない。誰もが自分の価値観を持っていて、大切に思うものが違っていて。私たちはそんな多様性のなかで、どうにか上手くバランスを保ちながら生きていかなければならないからだ。
誰かの顔色を伺って無理に笑顔を作ってみたり、思ってもいないことを言って相手のご機嫌をとってみたり。一方で、良かれと思ってやったことが相手にとっては迷惑だったり、何気なく放った一言が意図せず相手を傷つけてしまったり。
コミュニケーションというのは本当に難しい。
先日、労務に関するセミナーに出席した際、会社で起こるパワハラやセクハラのほとんどは、現代の多種多様な価値観を受け入れて生きる世代と、時代の流れについていけない人達とのギャップが原因であることが多いというようなことを耳にした。
『それでは若い人に何の指導も出来ないじゃないか!なんて言う人が多いし、気持ちもわかりますがね。業務上必要な厳しい指導とパワハラには明確な基準があるんですよ。それは、その発言によって相手への人格否定がなされているかどうかです』
ああ、なるほどな。と私は思った。この話だってきっと、受け入れられない人には届かない話なんだろうけれど。
島本理生さんの解説。この「小説の誠実さ」という表現を物語の本質と解釈するならば、「自分はかならず誰かを傷つけている自覚」というそのコメントは、すごく的を得ていると私は感じた。
きみはだれかのどうでもいい人。
この小説では、同じ会社で勤める女性社員たちそれぞれの立場と目線で物語が進められていく。同じ出来事に対するそれぞれの感じ方、向き合い方。様々な価値観が混在しているが、どれも妙に共感を覚えてしまうから面白い。
それは決して、「どの人が正しい」という類いのものではなくて、この人の立場だったら私もそう言うかもなだとか、こういう行動をするかもなとか、こんな風に言われたらこう感じてしまうよなとか。どうにか上手くバランスを保ちながら生きている自分の生活と、重ね合わせて考えてしまう。
この本を読んで感じたのは、人ってどうでもいいことはペラペラ話せるくせに、本当に助けてほしいこと、分かってほしいことほど素直に口には出せないものなのかもしれない、ということ。
プライド、立場、相手との関係、周りの状況…。そこには色んな原因があるだろうけど、この人だけには分かってほしいと願う相手にすら、時に本当の気持ちを打ち明けられなかったりする。
同時に、結局人は他人のことなんてどうでもいいものなんだなと、改めて思わされたりもした。
だれかにとって大切な人。
それでいて、だれかにとってどうでもいい人。
私たちは、そんな世界で生きている。
夏の終わり。
花火が終わった後の、寂しさにも虚しさにも似た、あの何とも言えない余韻を味わうように、私は今この物語を噛みしめている。
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