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小説

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真夏と絵都のものがたり。 とあるカフェで出会った24歳のふたりの女の子。 以前から書いていた小説の中に登場するカフェの名前から、note名をつけました。
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ひと夏の海

(下書きから救済した小説です。)

千秋と孝春の出会いは、ひと夏のあのパソコン教室だった。

千秋は幼子の真夏を連れて、これからどうやってシングルマザーとして育てていくか、そればかりを考えていた。

色々考えた挙句、パソコンを使いこなせる女性になり、資格を取ってパソコン一台があればどこでも逞しく生きていける女性になろうと、そう決めたのだ。

その人を一目見た瞬間、千秋は「あ、この人と将来結婚するか

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地平線(小説)12

地平線(小説)12

「行きたい場所?」 

「真夏さんに選ばせてあげる。どこの海がいい?」 

「どこの海・・・?海は決定事項なんだね。」 

「どこの海が好き?」「うーん、それじゃあ、由比ヶ浜がいいかな。鎌倉から海へ歩いて行ってみたい。」

 なんとなくの会話だったが、この後まさか本当に海へ行くことになるとは、真夏にとって予想外の展開だった。

 鎌倉駅を降りると夜7時の空は薄暗く、街の雰囲気が秋の始まりを予感させ

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地平線 (小説)11

「あい君!」真夏と尚香がほぼ同時に叫んだ。店のオレンジ色の間接照明にほんのり照らされた碧の横顔がゆっくりと振り向いた。

 「こんにちは。仕事お休みだったから、立ち寄ってみました。」

 真夏は、ハッとして尚香とその隣にいる絵都の顔を交互に見た。二人は、驚きと何とも言えない表情を浮かべ真夏を見返した。 

「あ、えっちゃん、この子、かげるさんのお孫さんの碧くん。」尚香が咄嗟に絵都に碧を紹介する。き

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地平線 (小説) ⑩

地平線 (小説) ⑩

乗り慣れた黒い自転車。ずいぶん長い事メンテナンスしていない自転車はチェーンが緩んでいるせいかカタカタ異音がする。それでも気持ち急いで碧は、小石を巻き上げながら、来た道を漕ぎ続け走っていった。タイヤの方からカラカラ鳴る音を聞いたが、そんな事は気にしている場合ではなかった。とりあえず前に前に漕ぎ続ける。海からの帰り道か、ウエットスーツのままの人が、碧の自転車を避けながら迷惑そうに顔をしかめる。

 碧

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地平線(小説)⑨

空がゴロゴロと唸り始めたので、尚香と碧がテキパキとコンロや道具などバーベキューセットを片付け、真夏は急いで残りの食材や飲み物を避難させたり、パラソルやレジャーシートを畳み二人の指示した場所に戻した。

もわっとした雨降る前の空気に包まれながら、子どもたちも「雷落ちる〜!」と騒ぎ、家の中へそれぞれ入っていった。 

「あーあ、天気予報はずれちゃったね。」と誰かが言う。
「バーベキュー終わった後でよか

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地平線(小説)⑧

階段を駆け下りていくれおなの後ろ姿。真夏はその場に取り残され、しばらくデッキから外の様子を眺めると、れおなが中庭に飛び出してあい君と呼ばれた青年に話しかけているところだった。

れおなが真夏に向かっておいでおいでのポーズをすると、その青年もこちらを見ている。そして一緒になって、おいでおいでのポーズをした。
リビングにいた子どもたちや尚香さん、かげるさんも中庭に出て、どうやらいよいよバーベキューが始

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地平線(小説)⑦

 江ノ電に乗り込むと、真夏は空いている席に着いた。リュックを膝に下ろすと、残ったペットボトルの中の水を一気に飲み干した。8月は肌が焼けつくように暑い。空調の効いた車内でも火照った体を冷やすにはだいぶ時間がかかりそうだ。

 車内には帽子に涼しい格好をした老人や、短パンの子どもの手を引く母親、カメラを持つ楽しげなカップル、サンダルを履いておしゃべりをする少女達が乗っている。真夏は、流れる景色を眺め、

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地平線 (小説)⑥

地平線 (小説)⑥

 街を歩きながら、ふと見上げた空に浮かんでいる月があまりにも美しいことに真夏は気がついた。

「えっちゃん、見て。月が綺麗だよ」

「本当だ。」

見上げた絵都の横顔は月明かりに照らされている。夏の夜空がこんなに美しく人を照らすのであれば、いつでも夏が良い。いつも清々しい気持ちで1日を終えられるんじゃないかと真夏は思った。

「真夏ちゃん。かげるさん居なかったよ」

アパートに着き、大家を呼びに行

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地平線 (小説)⑤

地平線 (小説)⑤

「真夏さんだよね。えっちゃんからお話は聞いてるよ。」

尚香が真夏に話しかけてきた。

「かげるさんのお孫さんの絵、私ファンで、かげるさんにお願いしてたの。次送られてきた絵をKOKAGEに飾ってって」

 自分の知らない間に、自分の絵が独り立ちして、カフェに訪れる多くの人の目に触れることになると、かげるさんの孫は知ったらどう思うだろうか。ふと真夏は思った。

「真夏さんは何のお仕事をしてるの?」

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地平線 (小説)④

 私立の無機質な白い部屋に怖くなり、真夏はそのままふらふらしながら廊下へ飛び出した。

「真夏!」

南海の呼び声が響く。廊下を走り抜けるすれ違いざま「走らない」と注意する教師の顔にも見覚えがある。

いったい何が起きたんだろう。真夏は混乱したまま、かつてのクラスに飛び込む。束の間の休み時間。真夏に視線が注がれることなく、がやがやとしている。
真夏は自分のロッカーから鞄をとると、校庭まで上履きのま

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地平線 (小説)③

地平線 (小説)③

父、孝春と母の秋恵から生まれた長女真夏。そして奇跡的に冬に生まれた妹の冬那。「春夏秋冬」揃った家族を、なんだかんだ真夏は愛おしく誇りに思っていた。一人でも欠けてしまったら四季は成り立たないように家族は成り立たない。

 お互いを紹介しあった二人は、偶然にも年も同じ24歳であるということもわかった。

 「ねぇ、真夏ちゃん。この後少し時間ある?」

絵都が微笑みながら真夏の顔を覗き込んだ。

 「連

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地平線 (小説)②

電源も、Wi-Fiも人気もなさそうなそのカフェを、なぜか真夏は気に入ってしまった。これはえっちゃんと呼ばれるその娘の魔法かもしれない。真夏は密かにそう感じた。
「カフェ、KOKAGEかぁ。」

 次にえっちゃんに会ったのは、照りつける日差しが強い日々の中で久しぶりに降った雨の日の昼下がりだった。真夏はまた一人きりだった。急に降り出した通り雨に髪を濡らし、知らないビルの中で雨宿りしていると、真っ先に

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地平線 (小説)①

心の青を辿る。

それは穏やかに澄み渡った誰もいない世界。

空と海が交差する地平線の向こう側には何があるんだろうか。

 半年前、えっちゃんに出逢った。彼女は小さなアパートでひとり暮らししていた。

「どこから来たの?」私が聞いてもえっちゃんは

「言ってもわからないとこだよ」とはぐらかすばかりだった。

そんなえっちゃんのこと、深く知ってみたくなった。

 えっちゃんとの出会いは6月の初夏。あ

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