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地平線 (小説)③
父、孝春と母の秋恵から生まれた長女真夏。そして奇跡的に冬に生まれた妹の冬那。「春夏秋冬」揃った家族を、なんだかんだ真夏は愛おしく誇りに思っていた。一人でも欠けてしまったら四季は成り立たないように家族は成り立たない。
お互いを紹介しあった二人は、偶然にも年も同じ24歳であるということもわかった。
「ねぇ、真夏ちゃん。この後少し時間ある?」
絵都が微笑みながら真夏の顔を覗き込んだ。
「連れて行きたい場所があるんだ。」
真夏は言われるがまま絵都に手を引かれついていくことにした。
商店街にあるタバコ屋とコンビニの前を通り過ぎ、コインランドリーのある角を曲がると、一軒の白いアパートが目に入った。築年数でいうと何年くらいだろうか。小綺麗なそのアパートは、人の手が入った草木に囲まれ、日当たりも良好そうだ。
「会わせたい人がいて」
アパートを眺めている真夏の頬に、涼しい隙間風が吹き込んできた。
気づくと、絵都は誰かを呼びに行ったらしく、真夏の目線の先には、階段下で気持ちよさそうにゴロゴロと空を仰いでいる太った猫だけだった。その様子があんまりにも面白くて、真夏はしゃがむと、猫に、「おーい」と呼んでみた。猫が目を細めてじっと真夏を見てきた。
「真夏ちゃん、お待たせ。こちら、大家さん。あ、そっちは猫のラム」
帰ってきたえっちゃんが連れてきた大家さんを見て、真夏は小さくあっとつぶやいた。あの時、カフェKOKAGEで新聞を読んでいた常連さんだった。
「こんにちは。」
穏やかに微笑んだメガネの奥のその瞳には、若者を前にしてどこかひょうきんさが浮かび、その声は深みのある優しい声だった。真夏はおもわず、「こんにちは」と返した。
「えっちゃんのお友達?」
「この前、KOKAGEに来てくれたお客さんだよ。写真も得意なの」
えっちゃんがかげるさんに紹介した。
「星川真夏です。ラムネ、ありがとうございました。」
「いえいえ」
かげるさんは、真夏の首にかけたカメラに目をやり微笑んだ。
「ちょっとお二人さん、こっちへおいで」
アパートから少し離れたところに、大きな一軒家があった。隣は静かな緑道になっていて、緑あふれる場所は、かげるさんのイメージにとても合っている。
薄暗がりの玄関先から入ると、かげるさんは二人ぶんのスリッパを出し、上がるようすすめた。それから、部屋の奥のカーテンを開けると、緑道の緑の光が差し込んだ窓を開けた。リビングには長めのウッドデスクがあり、書類やら本やらが山積みになっている。真夏が辺りを見回すと、壁には様々な場所の風景画が飾ってあった。
「孫の絵だよ。」
「お孫さん、素敵な絵描くんですね」
おもわず真夏の口から本音がこぼれた。
かげるさんがデスクの上の大きな茶封筒をビリビリと破くと、梱包された絵画が出てきた。それは大きなツリーハウスの絵だった。
「また、孫から送られてきた。」
その絵を壁に当てがい、かげるさんはどこに飾るのがいいか考えているようだった。絵都が「これはお店に飾りますよ。」とすかさず言う。
「調度いい額があるよ。真夏ちゃんにあげよう」
かげるさんが二階の階段をあがって探しに行く後ろ姿を見て絵都は真夏に言った。
「お孫さん、まだ会ったことないけど、かげるさんに似てイケメンなんだって。」
二人は顔を見合わせて笑った。
ファブリックソファーに座った二人は、しばし談笑した。
「ねぇ、真夏ちゃんてずっと黒髪なの?」えっちゃんがすかさず聞いてきた。
「うん。髪染めたことなくてピアスも開けたことないんだ。えっちゃんは?」
「へぇ。珍しいね。私は小さい頃から長くて、先月この長さにしたの。真夏ちゃんくらいにボブが似合ったらいいのに。でもなかなか勇気がわかなくて」
絵都は髪の先を梳かすように触った。
たわいもない会話を繰り返しているうちに、真夏はどんどん絵都に聞きたいことで溢れていた。なぜ、かげるさんと出会ったのか。いつからKOKAGEで働いているのか。
「お待たせ」
かげるさんがいつの間にか準備してくれた二人分のコーヒーカップを机に置くと、ふわっと香ばしい香りが広がった。無地の白いコーヒーカップに注がれたホットコーヒーを一口飲むと、真夏は初めてカフェで絵都と出会った日のことを思い出し、おもわず笑った。
「そういえばえっちゃん、初めて会った日のことだけど」
「暑い日にホットコーヒー持ってきて、かなり焦ってたよね」
絵都はキョトンとした顔をしている。
それを聞いて向かいの椅子に座ったかげるさんが、
「俺も見ていたよ。えっちゃんらしかったな」
かげるさんと真夏は顔を見合わせて笑った。
絵都は心なしか顔が火照っているように見えた。
「ごめんね。かげるさんいつもホットコーヒーだからつい」
「そういえば、あのスノードーム、えっちゃんが見つけたの?」
「スノードーム?ああ、あれね・・・」
絵都が言いかけると、時計の針がカチッと12時をまわった。次の瞬間、真夏はすっと見えない温かな光の中に溶け込んだ気がしてその世界に吸い込まれていった。
目を覚ますと、かつて通い慣れた高校の机に突っ伏して寝ていた真夏は重たい半身を起こした。
「真夏?」
懐かしい顔がそこにはあった。
「あれ?」
「もう何?寝ぼけてるの?また世界史寝てたでしょ?」
南海(なみ)だ。
ハッとして椅子から立ち上がり辺りを見回すと、さっきまでいた場所は跡形もなくなり、当時のままの教室の姿がそこにあった。授業が終わったばかりだろうか。生徒は次の教室へ向かう移動の準備をしていた。
「南海?ここは?」
真夏は教室に貼ってあるポスターを見つめた。視界がぼやけている。
「えっちゃん?かげるさん?」
不安げな表情をして呟いた真夏を見て、南海が怪訝そうな面持ちで「大丈夫?」と聞いてきた。
「南海。今日、何月何日だっけ?」
唐突に聞かれて黒板をさす南海。
「今日は9月21日だよ。本当どうしたの」
「え?」
動揺して自分の頬や頭に手を当て真夏は、必死で今起こっている事態を把握しようとした。「今日は確か」
「真夏、もう、寝すぎ!もしかしてまだ夢の中?先生の目の前の席なのにスヤスヤといい度胸で」
南海は呆れ顔だ。
「もう真夏って毎回世界史で寝るよね。選択授業なのに」
どうしようもないというような顔をしている南海を横に、真夏は教室をぐるっと見回した。
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