#ネタバレ 映画「病院で死ぬということ」
病院で死ぬということ
1993年作品
食べないと人はどうなるのか
2015/6/27 15:02 by さくらんぼ (修正あり)
( 引用している他の作品も含め、私のレビューはすべて「ネタバレ」のつもりでお読みください。)
高齢者が病気になり、入院すると、たいてい点滴を受けます。
そのとき、専門用語は知りませんが、治療薬ではなく、栄養分の点滴も、受けることがあります。
もし、誤嚥(ごえん)しやすくなった(高齢者には肺炎リスクが増える)などの理由で、食事ができずに、点滴だけで栄養を取る場合には、点滴は毎日必要になるので、しだいに針を刺す場所も無くなってきます。それに点滴だけでは摂取カロリーも少ない。
そうなったら、胃ろうを、したり、鼻からチューブで入れたり、して栄養を取ることもあります。
そうしないと、栄養を取れない患者が死亡することもある、とされ、入院患者に責任を持つ医師が困るのです。
でも、若くて回復の見込みのある患者が、一時的に、胃ろう、などをするのならともかく、事実上、回復の見込みの無い高齢者が、延命治療のためにそれをすると、苦しむ期間をいたずらに延ばすだけ…と言った議論もあります。
延命治療で一旦つけた胃ろうなどは、回復しない高齢者の場合、取り外すことはほとんど無いからです。つまり一生つけたままになりやすい。チューブをつけたまま、不快感と不自由のなかで他界するのです。
一方で、最近こんなニュースがありました。
俳優の榎木孝明さんが不食で一か月間すごしていたのです。
『 榎木孝明「不食」で緊急会見!「強いて言えば“榎木教”」「反響に驚いています」
1か月不食をしている榎木孝明
今月18日まで30日間、水以外を摂取しない「不食」を続けている俳優の榎木孝明(59)が17日、都内の所属事務所で会見し、改めて体験談を語った。 』 (スポーツ報知 6月17日(水)配信Yahoo!ニュースより)
榎木孝明さんは一か月ですが、ネットを見ると、世界には何年間も不食で元気に暮らしている人もいる、との記事もあります。
私は医学はまったくの素人ですから、素人の戯言として聞いてほしいのですが…
素朴な疑問。
不食の人は、本当は、死ぬのか、死なないのか。
もしかしたら、人が死ぬのは栄養を取れないからでは無くて、寿命(天命)を迎えたからではないのか。
どの本で読んだのか、すぐに探せないのでいけませんが、外国の話。天命を悟った人(自力では、介助なしでは、もう普通の日常生活を営めなくなったと感じ始めた高齢者)が、まもなく自宅で断食に入り、確か2~3週間で他界したとの話もありました。その人工的な延命措置を施さない最後は、枯れるように、やすらかなものだったようです。
同じ断食でも、彼は天命(本来の寿命)が来たので、天に召されたのでしょうか。
この映画「病院で死ぬということ」は映画館で観ました。
昔の話なので、詳細は覚えていません。主題等も分かりませんが、この映画は「自分は延命措置はしたくない」、そう決心する材料の一つになったように思います。
現在の医学では、いくら元気な人でも100歳まで生きる事はまれです。
その最後の時には、やすらかに過ごしたいと願っています。
追記 ( 人生は楽しみたい )
2015/7/11 6:15 by さくらんぼ
「…それから一週間もたたないうちに父はFMの音楽や、姉の歌う子守唄を聴きながら生涯を終えた。音楽が鳴っているあいだだけ、苦しい呼吸が、静かになるのであった。
若い娘さん、結婚するなら小さくてやせた男性にしなさいよ、少しは「介護」が楽だから。とこれはジョーダンですが、人生って本当に楽じゃない。だから楽しいことがあったら逃がさないことです。それから、人の楽しみをジャマしないことです。
そして、あなたに神の祝福がありますように。」
(「バイオリニストは目が赤い」鶴我裕子〔著〕の「N響休憩室」より抜粋 )
追記Ⅱ ( 音楽や、ぬいぐるみが、食事の代わりになる未来 )
2015/7/23 9:54 by さくらんぼ
>「…それから一週間もたたないうちに父はFMの音楽や、姉の歌う子守唄を聴きながら生涯を終えた。音楽が鳴っているあいだだけ、苦しい呼吸が、静かになるのであった。・・・」
映画「クライング・ゲーム 」の追記 ( 時にはサンドイッチに甘えてみる )などで、「料理とは愛情を食するもの」であるとお話ししました。
これも素人の戯言ですが…
加齢などで、胃ろうなどをしなければ栄養学的なカロリーが取れなくなってしまった人でも、胃ろうなどをせずに、愛情を与えることができれば、ある程度の効果があるのかもしれないと、そんな可能性を感じるのです。
音楽でも、ポエムでも、小説でも、エッセイでも、TVでも、ラジオでも…その人の好きなものを。
あるいは、食パンを食べる代わりに、クマちゃんなどの動物のぬいぐるみを、頬ずりさせても、効果的かもしれない。
食物にこだわらなければ、いろんな可能性が見えてきます。
繰り返しますが、戯言です。
追記Ⅲ ( 塀の中の延命措置 )
2015/10/5 8:31 by さくらんぼ
若いころ殺人容疑で逮捕され、無罪を主張しながらも、死刑の宣告を受け、半世紀近くも拘置所にいた人が、89歳で肺炎により亡くなりました。
彼は3年前から医療刑務所に移り、人工呼吸器もつけていたようです。この様な言い方は不謹慎かつ残酷であり、言いたくありませんが「いつでも死刑に出来るよう、可能な限りの延命措置をした」と言いかえることもできる様な気がします。
人工呼吸器をつけていたということは、たぶん食事もとれず、胃ろうなどによって栄養を確保していたのだと想像します。
彼がもし、塀の外にいる一般人のように「過度の延命措置はしたくないので、人工呼吸器も、胃ろうなども、しない」と医者に申し出ていたら、その、最後の願いは叶ったのでしょうか。
もし過度の延命措置をしなかったら「当局は、事実上の死刑執行をした」と、世論の非難を受けるのでしょうか。
それとも「武士の情けで人道的な措置をしたと」評価されるのでしょうか。
追記Ⅴ ( 吹き返しの暴風雨 )
2015/10/17 15:05 by さくらんぼ
「過度の延命治療を希望しない」と、それをした場合に比べ、早く別れの日がやってくる可能性が高まります。
その日は人によって違うでしょうが、思いがけず早く訪れるその日に、「過度の延命治療をすれば、もっと長生きできたかもしれないのに…」と予想外に、正反対の悔恨が吹きだすことがあります。
親族の代表者は、その吹き返しの様な暴風雨を、静かに受け止めて、消化する覚悟をしておく必要があります。この気持ちは代表者にしか分からないかもしれません。例えば同居の長男の苦悩です。別居の兄弟には分かりにくい事があります。
そんな周りの人も、黙って立っている代表者を、やさしくケアすることを忘れないでください。正しい道にいる限り、その暴風雨はそのうち治まっていき、台風一過がやってきます。いっしょにその日を待ってあげてください。
追記Ⅵ ( 吹き返しの暴風雨② )
2018/11/3 9:20 by さくらんぼ
>その日は人によって違うでしょうが、思いがけず早く訪れるその日に、「過度の延命治療をすれば、もっと長生きできたかもしれないのに…」と予想外に、正反対の悔恨が吹きだすことがあります。(追記Ⅴより)
( ―― 本の中で、日本の医学会は、終末期の高齢者の延命は医学的に意味がないことを示すべきと書かれています。
礼子「そう思います。家族の葛藤を書いたところで触れましたが、本人の意思が示されていない限り、家族はどちらの判断をしても悩むのです。『断るのも地獄、やるのも地獄』とおっしゃった家族がいました。
だから、医学会が終末期の高齢者の延命は医学的に意味がないことを示せばよいのです。そうすると、家族は肩の荷を下ろせます。延命処置をするかしないか二つの選択肢を示されると、家族は決断した後に、『これで良かったのか』と悩みますので。
私は家族に選択をしてもらう時には、必ず、自分の意見を言います。『患者さんはこういう状態だから医学的に意味はなく、やらない方が楽だと思います』と。」 )
「 2015.6.5 読売新聞(ヨミドクター) 宮本顕二・礼子夫妻(2)なぜ、自然死ができないのか より抜粋 」
追記Ⅶ ( 「仙人は霞を食べて生きる」 )
2020/2/1 20:25 by さくらんぼ
とか申します。
少食健康法を目指す人は、「気功」とか「ヨガ」もやり、ある意味「霞」である「気」や「プラーナ」も食すようにした方が(名前が違うだけで、たぶん両者は似た成分)、片手落ちにならなくて良いように思います。
追記Ⅷ 2022.10.26 ( 3か月ごとに転院、治療方針の会議も )
亡き両親の経験では、一つの病院には3か月ぐらいしか入院できませんでした。老人など、それ以上の入院が必要な場合には、転院しなければなりません。つまり3か月ごとに、親しくなった環境を離れ、哀しい放浪をするのです。
また、延命治療の方針などをめぐって、院長先生と合意できない時にも、「うちの病院では…」と、転院への引導を渡されることがあります。
それらの時には、新しい病院で治療方針の会議をやり直さなければならないと思います。
私は押し問答はしたくありませんが、引けない部分もある時は、気持ちを仕事モードに切り替えて、なんとか乗り越えられました。しかし、それが出来ない患者・家族がいたとしたら、何度もありそうな壁に、希望が通らないこともあるかもしれません。
そんな、こんなの理由で、父が転院する日の事、車イスごと乗れるタクシーを呼んで、新病院までお願いしました。すると、そのタクシー運転手さん(初老のおじさん)は、「近くなら、家に寄っていきましょうか」と、御親切に言われたのです。
特に用事はなかったけれど、「せっかくだから、そうしてもらいましょうか。久しぶりに家を見せてあげられるから」と承諾して、タクシーは自宅へ向かい、玄関前に2~3分停車してから、新病院へ向かいました。
そして、しばらくの後、新病院で父は亡くなったのです。過度の延命治療は避けていましたが、まさか、それほど早く別れの時が来るとは思いませんでした(次の転院もあるかと)。しかし、さすがプロの運転手さん。経験上、何か感じるところがあったのでしょうね。(「今週までのパレット」の過去ログから加筆再掲)
追記Ⅸ 2022.10.26 ( お借りした画像は )
キーワード「食事」でご縁がありました。野菜たっぷりの健康的な食事ですね。私もブランチを食べたくなりました。少し上下しました。ありがとうございました。
( 最後までお読みいただき、ありがとうございました。
更新されたときは「今週までのパレット」でお知らせします。)
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