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自律神経と消化器症状

自律神経と消化器症状:

出典:「自律神経と消化器症状.pdf」 本郷道夫 (2021)




序論

腸と脳の関係は非常に重要です。近年の研究により、腸管機能の変調が脳からの神経系による調節異常や腸管ホルモン、炎症性サイトカイン、神経伝達物質の変化によって引き起こされることが明らかになってきました。また、腸管炎症や腸内細菌叢の変化が抑うつ症状の発症や増悪に関与することも分かってきました。さらに、消化管症状と心理的要因は密接に関連しており、症状の重複や変化が見られます。腸と脳は神経経路以外にも、ホルモンや炎症性物質などの様々な伝達経路で相互に影響し合っています。このため、腸管の機能変調が脳に影響を及ぼし、心身症の発症に重要な役割を果たしているのです。このように、腸と脳の密接な関係を理解することは、消化器疾患をはじめとする様々な疾患の病態解明や新しい治療アプローチの開発につながると考えられます。本論では、この腸と脳の関係について、腸管の働きと腸内環境、脳への影響、神経変性疾患や精神疾患との関連などを詳しく解説していきます。

腸─脳相関の研究

消化管機能の制御には、神経系と消化管ホルモンによる液性機序が重要な役割を果たしています。近年の研究では、腸内環境、特に腸内細菌叢との関連から、「脳-腸-微生物相関」という新しい視点が加わり、腸と脳の関係がさらに注目されるようになってきました。まず、腸管の働きと腸内環境について説明しましょう。腸管には粘膜下神経叢や筋層間神経叢などの腸管神経系が存在し、これらが腸管の運動や分泌機能を制御しています。また、腸管には多様な腸内細菌叢が生息しており、これらが腸管内の物理化学的環境を変化させ、腸管の機能に影響を及ぼすことが明らかになってきました。一方、腸管から分泌されるサイトカインや神経伝達物質も重要な役割を果たしています。腸管上皮細胞から分泌されるIL-1、IL-4、IL-6、IL-10、IFNγ、TNFなどのサイトカインや、腸内のエンテロクロマフィン細胞から放出されるセロトニンなどの神経伝達物質は、自律神経系を介して中枢神経系に影響を及ぼします。これらのメディエーターは、脳機能の変調を引き起こし、消化器症状の発現に関与していると考えられています。さらに、近年の研究では、腸管上皮の微細炎症によって引き起こされる「leaky gut」の状態が、神経変性疾患の発症メカニズムにも関与している可能性が示されています。このように、腸と脳は密接に関連しており、腸の状態が中枢に様々な影響を及ぼすことが明らかになってきました。

腸の微細炎症と神経変性疾患

「leaky gut」とは、腸管上皮の透過性亢進により、腸管内容物が粘膜バリアを通過して体内に侵入する状態を指します。この状態は、腸管粘膜の微細炎症によって引き起こされると考えられています。この微細炎症により、tight junction(密着結合)が損なわれ、腸管バリア機能が低下するのです。「leaky gut」の状態は、近年の研究でパーキンソン病の発症メカニズムと深く関連していることが明らかになってきました。パーキンソン病の主要な病態であるαシヌクレインの神経内集積は、腸管上皮の微細炎症に由来する「leaky gut」が端緒となり、腸管グリアにαシヌクレインが凝集することから始まることが確認されています。さらに、腸管粘膜神経線維、粘膜下神経叢、筋層間神経叢におけるαシヌクレイン、リン酸化αシヌクレインの凝集が粘膜神経線維で最も高率であることから、この「腸-脳」経路の重要性が示唆されています。同様の機序が、他の神経変性疾患でも起こっている可能性が高いとされています。例えば、アルツハイマー病やルイ小体型認知症などでも、「leaky gut」による腸管からの炎症性サイトカインや神経伝達物質の流入が、神経変性過程の引き金となる可能性が指摘されています。つまり、腸管の微細炎症が、神経変性疾患の発症に深く関与しているのかもしれません。このように、腸と脳の密接な関係は、神経変性疾患の発症メカニズムの解明に重要な手がかりを与えてくれます。今後、この「腸-脳軸」に着目した新しい治療アプローチの開発が期待されます。

内臓痛の経路

内臓痛の発生メカニズムについては、腸と脳の密接な関係を理解することが重要です。先行する節で述べたように、腸管から分泌される各種メディエーター(サイトカイン、神経伝達物質など)が自律神経系を介して中枢に作用し、消化器症状の発現に関与しています。同様のメカニズムが内臓痛の発生にも関係していると考えられます。具体的には、腸管からの求心性神経刺激が、脊髄神経を介して視床、島、前帯状回といった中枢の痛覚処理領域に投射することで、内臓痛が知覚されます。また、腸管上皮の微細炎症による「leaky gut」の状態では、炎症性物質の流入により神経系の過剰反応が引き起こされ、内臓知覚過敏や異常知覚の発生にもつながると報告されています。このように、腸と脳の密接な相互作用が内臓痛の発生や慢性化に大きな影響を及ぼしていることが分かります。そのため、内臓痛に対する新しい治療アプローチとして、この「腸-脳軸」に着目することが重要だと考えられます。例えば、腸管の炎症や腸内細菌叢の異常を改善することで、内臓痛の軽減が期待できるかもしれません。また、ストレスなどの心理的要因に対する介入も、内臓知覚の過敏性を改善する可能性があります。つまり、内臓痛の発生や慢性化には、腸管の状態と中枢神経系の反応性が密接に関与しているのです。この「腸-脳軸」に着目した新しい治療アプローチの開発が期待されます。

情動要因の影響

心理社会的ストレスは、視床下部を活性化し、自律神経系やHPA軸を介して腸管機能に様々な影響を及ぼすことが知られている。近年の研究では、ストレスが腸内細菌叢の変化を引き起こし、それが自律神経や消化管ホルモン、炎症性サイトカインを介して脳機能の変化を誘発し、消化器症状の発現につながることが明らかになってきた。つまり、心理的要因が腸の状態に大きな影響を与えるのだ。さらに、腸管粘膜の透過性が亢進した「leaky gut」状態では、炎症反応が増悪し、神経系の過剰反応による内臓知覚過敏や異常知覚の発生にもつながることが報告されている。このように、腸内環境の変化が脳機能に影響を及ぼし、消化器症状や内臓知覚異常を引き起こすという双方向の相関関係が明らかになってきた。このように、腸と脳は密接に関連しており、様々な疾患の発症メカニズムに深く関与している。そのため、消化器症状の解明には、この「脳-腸-腸管微生物軸」に着目した新しい治療アプローチの開発が期待される。今後、腸と脳の健康的な相互作用の重要性について、さらなる研究が必要不可欠だと考えられる。

結論

本論では、腸と脳の密接な関係について詳しく解説してきました。腸管の働きと腸内環境、特に腸内細菌叢の重要性について説明しました。また、腸管から分泌されるサイトカインや神経伝達物質が自律神経系を介して中枢神経系に影響を及ぼすことを示しました。さらに、腸管上皮の微細炎症による「leaky gut」の状態が、パーキンソン病をはじめとする神経変性疾患の発症メカニズムに深く関与していることが明らかになってきたことを述べました。同様の機序が、アルツハイマー病やうつ病などの精神疾患にも関与している可能性が指摘されています。また、内臓痛の発生メカニズムにおいても、腸と脳の密接な相互作用が重要な役割を果たしていることを説明しました。腸管からの求心性神経刺激が視床や島皮質などの中枢痛覚処理領域に投射することで内臓痛が知覚されます。さらに、「leaky gut」の状態では、炎症性物質の流入により神経系の過剰反応が引き起こされ、内臓知覚過敏や異常知覚の発生にもつながると報告されています。このように、腸と脳は密接に関連しており、様々な疾患の発症メカニズムに深く関与していることが明らかになってきました。そのため、消化器症状や内臓痛の解明には、この「脳-腸-腸管微生物軸」に着目した新しい治療アプローチの開発が期待されます。腸と脳の健康的な相互作用の重要性は、これからますます注目されるようになっていくでしょう。今後、腸と脳の関係についてさらなる研究が必要不可欠であり、その成果を生かした新たな診断・治療法の開発が期待されます。


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